「えっ、エリザベスが急病……!?」
 チーシャンで兄が世話になった(?)縁から友達になったエリザベスが、急に体調を崩し店がピンチだと聞いたは真っ青になって立ち上がった。
「わ、私で良ければ力を貸します……!」

「……どういう状況なんだ、これは?」
 が一日ホステスをすると聞いて好奇心と心配からやって来たシンドバッドだったが、を指名したはずの席にオプションとしてついてきた数名に思わず目を瞬いた。
「綺麗ですと言った方がいいですか?」
 シンドバッドのお目付役としてついてきたジャーファルが、その数名を見て心の底からドン引きしたような表情で感情の乗らない声を出す。それに眉を下げて曖昧に笑った。ジャーファルと同じくお目付役のマスルールは隠すこともなく肩を震わせていた。
「いえ、結構です」
「どういう状況って、見ての通りですよ」
「言っとくけどうちの妹はおさわり厳禁だからな」
 を囲むように座った兄三人がそれぞれに冷たく返す。白龍、アリババ、カシムの三人――ただし女装している系男子、がシンドバッドたちの目の前にいた。
「とりあえず一番高い酒でいいですよね」
 シンドバッドを見もせずに白龍が勝手に注文を入れる。鬘でも被っているのかと同じ色の長い髪をさらりと揺らした白龍は、まだ少年期の細さを残すしなやかな体を露出の少ない服で覆い、怜悧な印象を与える美女に化けていた。冷たい声音と動かない表情ですら様になるのだから恐ろしい。火傷のある左目の周辺は流した長い前髪に隠れ、どことなくミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
「代理とはいえ売り上げを下げるわけにもいかないので、シンドバッドさんたちが来てくれて助かりました」
に何かあったら困るからついてきたけど、シンドバッド以外はまかり間違ってもに妙なことはしないだろうしな。とりあえず金落とせるだけ落としていってくれ」
 輝くような金髪に負けないくらいの眩しい笑顔を見せるアリババは、大きな瞳も相まって愛嬌溢れる可愛い系の女の子のようだ。服も三人の中で一番ひらひらと装飾がついている。白龍やアリババとは違い一人だけ自前の髪のカシムは、化粧によって鋭い雰囲気が緩和されエキゾチックな美女へと変貌している。ぴったりとした体のラインを出す服を着ているため体格が出るのではないかと思ったが、胸や尻に詰め物をしているらしく多少大柄で肉付きのいい、程度に収まっていた。
つまるところ、三人ともすごぶる美人である。
「いっそ女装に失敗していれば笑い飛ばせるんだがな……」
が関わった兄バカたちは無駄にハイスペックですよね」
「…………」
 しかし本来の三人を嫌というほど知っているシンドバッドたちにしてみれば、見事に作り上げられた美貌も心動かされるものではなく。
「とりあえず酌くらいはくんに頼んでもいいか?」
「あ、はい――」
「ハイ追加のお酒ですね確かに承りましたー」
 運ばれてきた酒をに注いでもらおうとしたシンドバッドと、それに頷いたを遮るように、アリババがやはり勝手に注文を追加した。
「あの、ちょっとアリババくん?」
「まさか飲酒するシンドバッドさんの近くにを置いておけるわけがないじゃないですか」
「アリババ兄さん、私が引き受けたことですし私が働かないと……」
はマスルールさんの相手でもしとけ、たぶん一番安全だから」
「シンドバッド殿は俺とカシム殿の二人体制で持て成して差し上げますから、安心してください」
「なんでよりによって一番俺に当たりのきつい選択をするんだ!?」
「日頃の行いを顧みてくださいよ、シン」
 自分は自分でさっさと呑むことに頭を切り替え、アリババから酒を注いでもらっているジャーファルが、醒めた目をシンドバッドに向けた。
「マスルールさんはどのお酒がいいですか?」
「酒よりも食い物ないスか」
「ちょっと待てマスルール、お前の胃袋満たすだけの金を俺の財布から出させる気か」
「どうせ元を辿れば同じシンドリアの財源ですよ」
「そうだけどな!? お前遊興費は小遣い制にしてるだろ!?」
「七海の覇王ともあろう者が小さいことを言わないでくださいよ、可愛い可愛いのためにその財布を空にするくらいの覚悟はないんですか」
 ジャーファルに憤然とした様子で言い返したシンドバッドを、ピシャリと白龍の言葉が打つ。
「また迷宮攻略でも行って稼いでこいよ、七海の覇王だろ」
「だから! 俺はもう迷宮に入れないんだって!!」
「兄さん、白龍さん、あまりシンドバッドさんにひどいことは……お客様ですし……」
くん……!」
 部下にすら味方してもらえないシンドバッドをおそるおそるながら庇ったに、シンドバッドが感激した声を出すが。
「お前の友人のためだ、
、シンドバッドさんならきっと大丈夫だ」
「酔いにかこつけてお前の尻触ろうとするやつは客じゃないだろ」
 兄三人に言いくるめられマスルールに対するチーシャンの名産品の説明に戻ってしまったに、シンドバッドはガクッと肩を落とした。
その夜ジャーファルは二、三度に酌をしてもらい、どうやって高度な女装をしたのかという話でアリババとそれなりに和やかに会話を楽しみ、マスルールに至ってはにあーんまでしてもらったというのに、シンドバッドはの傍にすら近寄ることを許されず。むしろシンドバッドより呑んでいる白龍の悪酔いに付き合わされ、カシムが水のように高い酒を煽っていくのに涙を飲み込み。
少しお酒を飲ませてほろ酔いになったと会話を楽しみたかっただけなのにと、文字通り空っぽになった財布を抱えてシンドバッドは大いに嘆きながら店を後にした。
 
151013
ネタ提供:愛は愛にのヒロインが、友達(マギ1巻登場のエリザベス)に頼まれて1日だけ代わりにホステスのバイトをする話。
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