「妹ちゃん、ちょっと献血しろよ」
「えっ」
 煌帝国滞在中にジュダルに腕を掴まれ、ズリズリと引き摺られていく。献血という不穏な響きに咄嗟に逃げようとしただったが、腕力が皆無に等しいが魔道士とはいえ男であるジュダルを振り払えるわけもなく。
「あっ、来たね~」
「……神官殿、の腕に痕が残るので乱暴に掴まないでください」
 ジュダルが乱暴に開け放った扉の向こうには煌のきょうだいだという人たちが勢揃いしていた。
「お前がバルバッドでどう年月を過ごしたのか知りたいんだ、
「すみません、ちょっとチクッとしますよ」
 紅炎の威圧感に驚いて飛び上がり、きょうだいたちの眼光に慄くの腕を紅明が掴む。あ、と気付いた時には既に時は遅く。
チク、とした痛みの後にぷつりと膨らんだ赤い球体。それがジュダルの持っていた水盆に落ちる。こうして、本人が何をされているのか理解しきれないままに、の過去鑑賞会は始まった。

「遠隔透視魔法、ですか……」
 そういえばヤムライハも同じような魔法を使っていたと、は友人であり師匠でもある浅葱色の彼女を思い出して息を吐く。
「私の過去を見ても、面白くないと思いますが……」
「そんなことないわよぉ、ちゃんが小さい時どう過ごしてたのか気になるもの」
「……それに、知らなければならないんです、にとっては辛い記憶だと思いますが、貴方の受けたはずの苦しみを……」
「白瑛さん……」
 自分の記憶を映像にして見せられるという公開処刑にも等しい場から逃げ出そうとしただったが、紅玉や白瑛の表情に思い直して浮かせていた腰を落ち着かせる。の両側は当然のように白龍と紅明が陣取った。
「あれ、コレちょっと昔過ぎるけどまあいいか。妹ちゃん小さい頃のこと覚えてないんだろ?」
 少し巻き戻し過ぎたらしいジュダルの言葉にそちらを見れば、そこには幼い頃の自分だと思われる子供の映像が浮かんでいた。ジュダルの言う通りその頃の記憶がほとんど何も無いにとってまるで他人のようなその子供を、は複雑な思いで見つめる。幼いは、時には白龍や白瑛らしき子供に手を引かれ、時には今と全く変わらない見た目の玉艶の腕の中で無邪気に笑い、また時には、バルバッドでアラジンが呼んでくれた『彼ら』の大きな手に頭を撫でられて、幸せそうに頬を緩めていた。
「あれが、私のお父さんや……亡くなったというお兄さん、なのですか?」
「ああ、背の高い方が白雄殿で、髪がつんつんしているのが白蓮殿だ。お前は特に白雄殿をとてもよく慕っていた」
 のぽつりとした呟きには紅炎が応えた。ぼうっと自分の知らない自分の記憶に見入るの視界の先で、カラカラと羽車を回すように映像は進んでいく。きょうだいたちと駆けっこや花遊びに興じる姿や、父母の腕の中で微睡む姿、紅い髪の女の子と座り込んで話をする姿、ぼさぼさの紅い髪をした男の子と本を読んだり昼寝をしたりする姿は、やはりには何の感慨も思い出せない、失われた記憶で。それでも自分は幸せな幼少時代を送っていたのだろうと、は胸の奥にほんのりとした暖かさを感じて微笑んだ。
「炎兄に対する態度だけは、昔から全然変わんないよね~」
「…………」
 茶化すような紅覇の言葉に紅炎は眉を寄せる。同じことを思っていたは思わず紅炎から目を逸らした。だって目付きが怖いのだ。幼い自分も同じだったらしいことに何故か少しだけ安堵する。
昔は白龍の背に隠れていたのが、今はアリババやカシムの背中に変わっただけだ。やっぱり怖いよね、と目を伏せるにちらりと視線をやって、紅炎は何とも言えない顔をした。
「あ……」
 やがて場面は切り替わり、幼いはまだ血のついていない本を懐にしまって兄のいるだろう城へと足を踏み入れていく。ジュダル以外の全員が、それぞれに身体をこわばらせた。
 城に入ってすぐに煙に倒れた。やがてそこにも火の手がまわり始めた時に、聞こえてきた小さな足音と荒い呼吸。血塗れの姿で駆けていた白龍は、倒れ伏した小さな妹の姿を見て愕然と膝を付いた。
 『……!?』
 どうしてここに、とその口が動く。自分を逃がして死んだ兄二人の姿が脳裏を過ぎって、白龍は慌ててその首筋や胸に触れて息を確かめた。べっとりと血に濡れた手が妹の白い体を汚したが、それに構ってなどいられない。確かに息をしていたを既に限界に近い体で抱き起こして、白龍は妹を半ば引き摺るようにして再び駆け出した。
 『、もうすぐだ、もうすぐ出口だから』
 意識の無い妹に懸命に呼びかける白龍の姿に、現在のの瞳が歪む。あんな大火傷を負っているのに躊躇無く自分を助けてくれた白龍を、未だに兄と呼ぶことが出来ない自分に胸が痛んだ。隣の白龍を見るが、慈しみをたたえた瞳で優しく微笑まれただけだった。それが却っての胸を締め付けるが、宥めるように紅明がの肩をぽんっと叩いた。
 やがて燃え盛る城を抜けて、白龍がばたりと倒れ込む。それを囲んだ男たちは、けれど彼らを助け起こすこともなく何事か言い交わしていた。
 『――のまま――して』
『城に放り込めば――』
『――の方が――り早い』
 意識の朦朧としている白龍の体を、無造作に持ち上げる男。しかしその後続くはずだった行為は、駆け付けた別の人間の叫びによって阻まれた。
 『白龍皇子だ!!』
 その声に、次々に人が駆け付ける。白龍たちを火事の中に再び放り込んで亡き者にしようとしていた男たちの企みは防がれたが、白龍の痛ましい姿に騒然とする人々の影で、男たちの一人がそっとの姿を隠した。運ばれていく白龍と、誰にも気付かれなかったの小さな体を抱えて、男たちは別の方向へと姿を消した。
 ギリ、といくつかの歯軋りの音が上がった。思わず隣を見れば、白龍の表情がこの上なく歪んでいる。あそこで手を放さなければ、もっと先で倒れていれば、気を失わなければ、そう責めるも、既に過去になったそれをやり直すことなど叶うわけがなく。
誰かが気付いていたなら。紙一重で救われなかったに、白瑛も紅炎も、見ていた誰もが表情を歪めて悔やんでいた。
 を運んだ男たちの先で、嗤う男。それが自分たちの父親であるのを見て紅炎や紅覇たちの眉間に皺が寄る。知ってはいたが、それでも実際目にするとやるせなさばかりが募った。殺すかと尋ねる男たちに、その必要も無い、郊外にでも捨てておけと紅徳は手を振った。どうせ温室育ちの姫が外に放り出されて一日と生きられるわけがない、野良犬にでも食われて死ぬと思えば愉快でならない、兄に対する溜飲が下がると鼻を鳴らす紅徳。それを見てぶわっと殺気を広げたきょうだいたちには身を震わせた。同時に、この後の幼い自分が辿る道が予測できて俯く。見たくないと不安に思う気持ちと、知りたいと思う気持ち。辛いのなら見なくてもいいのだと言う紅玉たちに、それでも首を振った。
 荒れた地面の上にどさっと放り出された。血や埃で汚れた幼子を捨てた男たちは、嗤ってその場を後にした。
日が暮れ落ちてからようやく目を覚ましたは、辺りを見回して不安げに首を傾げる。
 『ここは……?』
 自分は白雄に本を返しに城に行ったはずなのに、ここはどこなのだろう。何故もう夜になってしまっているのだろう。一体何が起きたのかわからず、は涙目でぺたりと座り込んだまま声を上げる。
 『雄兄様、蓮兄様……? どちらにいらっしゃるのですか……?』
 応える声は無く、砂混じりの風がに吹き付ける。
 『龍兄様、瑛姉様、お母様……!』
 兄の名を、姉の名を、父母の、従姉妹の名を次々に呼ぶが誰も応えない。真っ暗な中で、呆然とは冷たい地面に手をついた。
 『……お嬢さん、迷子かい?』
 優しい声に顔を上げた幼い。それを苦い面持ちで見つめる今の。一見親切そうな顔をしてねっとりとした欲を隠した男が、小さな子供に声をかける理由など碌なものではないだろう。
 『お兄さんやお姉さんを探しているのかな? おじさんがご家族のところに連れていってあげるよ』
『……本当ですか……?』
 しかし世間の悪意など何一つ知らずに育ったがそれに気付けるわけもなく、差し出されたその手の裏にある打算や欲望も知らずにその手を取る。ポロッと涙を零した幼いは、自分を見下ろす男の表情の意味も知らなかった。
 
151020
ネタ提供:愛は愛にifアリババルートで煌帝国滞在中にジュダルの透視魔法によってヒロインの過去を見た紅炎たちの反応
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