「……お前に、背負わせたくはなかった」
秀麗な容貌は見る影もなく焼け爛れた兄の姿に、はしかしその変貌に恐れることもなく縋りついた。次兄は一足先に斃れ、長兄の命も今まさに尽きようとしている。に何かを託そうとする長兄の最期を拒むように、は自身をも苛む灼熱の痛みに耐えながらその胸に縋る。
「いや、いやです雄兄様、いなくならないで、私を置いていかないでください……!」
「、すまない……、幼いお前に重荷を背負わせる俺を、恨んでもいい……」
「恨みません! 絶対に恨みませんから、いい子にしますから、私も、お兄様たちと一緒に、連れて行ってください……!!」
「……駄目だ、。お前は生きてくれ、その手で、この国に巣食う仇敵を討て……! 俺たちの無念を晴らしてくれ……!」
泣き縋るを一度だけぎゅっと強く抱き締め、白雄はその耳元に唇を寄せる。
「いいか、……父上を殺し、俺たちを殺し、お前をも殺そうとしたのは……」
母上だ。
「え……?」
愕然と目を見開いたをそっと胸から離し、白雄は剣を取る。涙を溢れさせる大きな瞳を視界に映し、ふっと笑った白雄は、それを勢いよく自らの腹に突き立てた。
「走り……なさい、……」
「ゆ、う、にいさま、」
勢いよく噴きかかった血が、の身を赤く濡らしていく。自らの腹を引き裂いた白雄の手が、とん、との肩を押す。それに弾かれたように駆け出したは、背後で柱が焼け落ちる音を聞いた。響く呻き声に思わず足を止めそうになるが、それを見越したように白雄の怒声が響く。
「走れッ!! 生きろ……ッ、、お前がやらねばならないんだ!!!」
「――ッ!!!」
おそらくそれが兄の断末魔だったのだろう。メキャメキャと響いた嫌な音が、兄の叫びの余韻をかき消していく。涙を呑んだは、燃え落ちていく宮の中を再び走り出した。あんな白雄の声は初めて聞いた。いつも優しくて穏やかで、静かに笑っていた白雄の、ただ一度の本気の怒声。目に入れても痛くないほどに可愛がっていたに、それでも復讐を託さなければならなかった。真実を知る誰かが生き残らなければ、この国は組織の手に落ちる。か弱く臆病な妹には重過ぎるものを背負わせた白雄の自責と後悔は如何程だろう。白雄の血を被って走るの目に、炎とは異なる眩しい光が映り込む。頭の中で響き続ける白雄の声。涙を流しながら走り続けるの耳に、それは呪縛のようにこびり付いた。
(わたしが、)
――お前が、
(私が、やらなければ、)
――お前が、やらねば
(お兄様たちの無念を、この手で)
――俺たちの無念を、その手で
(……お母様を、)
討たなければ。
燃え落ちる宮の中から飛び出してきたを見て上がった、幾つもの悲鳴。それが誰のものかなど考える余裕も無く倒れ伏したを、たおやかな腕が抱き上げる。
「、ああ、……!」
落ちそうな瞼を必死にこじ開けて、は自分を抱いて泣く声の主を見上げた。優しい面差し、美しい顔は、今は大火傷を負い血塗れで倒れたを案じてくしゃくしゃに歪んでいる。
「……、」
の口が、音もなく動く。お母様、と呼んだのそれを読み取ってますます涙を溢れさせる玉艶に、の表情がグッと歪んだ。
(きっと、全部嘘なんだ。みんな悪い夢なんだ)
父が死んだのも、兄が死んだのも、全身が焼けるように熱くて痛いのも、を案じて泣いてくれる玉艶が、彼らを殺しを殺そうとしたというのも、きっと全部悪い夢に違いない。目が覚めれば白雄も白蓮も白徳もいて、夢に怯えて泣くを笑いながら慰めてくれるだろう。そう、信じたくて。
ゆらり、白に溶けていく意識。それに抗うことなく、は意識を手放す。全身に負った火傷に生命を蝕まれ、此岸と彼岸の間を行き来し続けたが目を覚ましたのは、大火の約半年後のことだった。
151217