白龍を連れ去ったザガンを追う道程で、二組に別れての試練。アリババと組んでゴーレムと戦うは、長時間に渡る魔力操作により目に見えて疲労の色が濃くなっていた。
「大丈夫か、!?」
「はい、……まだ、いけます……!」
 例え魔力が無限でも、かつてないほど長く魔力操作を続けている体の方に限界は現れ始めていた。ぶちぶちと細い血管が切れ、酸素が回らず意識が朦朧としてくる。それでも白龍の待つ終着点へ向けてただひたすらに槍を振るい続けるに、アリババは焦燥の色を浮かべた。は大丈夫だと言うが、明らかにこのままでは遠からずは倒れる。を休ませてやりたいが、いかんせんゴーレムの数があまりに多い。アリババ一人で抑え切れる数ではなく、を後退させるわけにはいかない状況だった。はあはあと荒い呼吸を繰り返すの体がフラッと傾いで、アリババは血相を変えてへと腕を伸ばす。槍で何とか体を支えながら弱々しく謝罪を呟くを片腕で抱き留め、こうなったら自分が何とかするしかないとアモンの剣を握り直した。けれど金属器はブスブスと不完全燃焼のような音を立て、青ざめたアリババの目の前で武器化魔装が解ける。
「こんな時に魔力切れかよ……!?」
「……、」
 絶体絶命か、と迫り来るゴーレムたちを前に白くなったアリババの腕の中で、が虚ろな目を開けてアリババに震える手を伸ばす。
「魔力なら、」
 わたしが。消え入りそうな声で呟いたがアリババにそっと触れ、の魔力がアリババへと流れ込む。即座に万全の状態にまで回復した魔力に、アリババは目を見開いた。
……!?」
「……説明は、あとでします、」
 意識が飛びかけているに、アリババはそれもそうだと頷いて再び武器化魔装を行う。ボウっと目の前で燃え上がった焔に、は頭がズキンと痛むのを感じた。押し寄せるゴーレムの群れを一挙に片付けようと、アリババが炎の壁を生み出す。轟々と燃え盛る劫火の熱がの頬をチリチリと灼き、遠のいていくの意識を熱と痛みの記憶へと引き摺り落としていく。ドッドッドッと煩い鼓動が、兄の最期の声を呼び覚ます。
(――いかないで、)
 目を奪うほどに眩しい炎の向こうに、白雄たちの死を垣間見た。あの赤の向こうに、永遠に失われた青が。ぽろりと一筋の涙を青灰から流し、は意識を失った。

 ――、泣きたい時は泣きたいと言って? 姉さんはここにいるわ。
 いつだって、どこだって、の味方だと姉は言った。だから弱いところも臆病なところも、自分にはさらけ出していいのだと。
 ――は本当に泣き虫さんだな。
――何言ってるんですか兄上、そこが可愛いじゃないですか。
 ジュダルに泣かされて抱き着いたを柔らかく抱き留め、呆れるというよりはむしろ慈しみを込めて笑ってくれた長兄と、の背中を叩いて快活に笑った次兄。自分たちが守るから、弱いままでいいのだと。
 ――俺の前では、本当のでいてくれ。
 縋るような、白龍の眼差し。強く在ろうとするが目を背けた弱さを大事に拾い集めて、の代わりに抱えてくれていた。白龍の前では、弱かったでいていいのだと。
 末の皇女は容姿も振舞いも長兄の面影を色濃く受け継いでいると、何も知らない官人たちはを祭り上げる。聡明で、冷静で、文武に長けて――惜しむらくは皇子でなかったことであると。毎晩のように悪夢に魘されているの、その不甲斐なさも知らずに。
は弱虫だ。泣き虫だ。臆病だ。意気地無しだ。それでも、は強く、冷静で、勇敢で、凛々しく在らねばならない。だってそれが白雄だった。の尊崇する、長兄の姿だった。
 雄兄様、うわ言のように呟いた喉は乾き切っていた。熱い。焼けるように痛むのが喉なのか、顔を覆う火傷跡なのか、にはわからなくて――
「……!!」
 ガバッと身を起こしたを、慌てた三人の手が押し留めた。ゲホゲホと咳き込むに、アリババが水を差し出す。受け取ったそれを何とか喉に流し込んだは、あの後どうなったのだろうかと辺りを見渡した。二手に別れた部屋からは抜けられたらしい。アリババがここまで連れてきてくれたのだろうと、は眩しい金色を見上げて礼と謝罪を言った。気にするなと笑うアリババに、皆で助け合って進んで行こうと言うアリババに、胸の奥がツキンと痛む。迷宮に入ってから、は自らの不甲斐なさを感じるばかりだった。白龍を守れないどころか、煌に対して思うところのあるだろうバルバッドの王子に助けられて、屈託なく笑いかけられて。このままではいけないと、は歯を食いしばる。それでも前を行く三人の明るさが、の脆いところを痛いほどに灼いた。

「――あのさあ、自分が弱いって自覚ある? そこの火傷跡のキミ」
 ザガンの言葉に、俯いていたはビクッと肩を揺らした。そんなの様子を見て、ザガンははぁ~と溜め息を吐く。
「役立たずとまでは言わないけどさぁ、正直期待外れだよ。技量的にはお仲間にも負けてないのに、何その体たらく?」
「…………」
「魔力操作だって、力み過ぎて余計に消耗してたねぇ。あれがなければ、少なくとも倒れることはなかっただろうにね? お荷物はお兄さんじゃなくて、キミだったかな?」
 グッと拳を握り締めたを庇って怒りの声を上げるアリババの肩をそっと掴んで、は静かに首を振る。が足でまといなのは事実だ。ザガンの言うことは、正しい。
「――何それ?」
 の内心を見透かしたかのように、ザガンは嘲笑を浮かべる。
「ねえ、『らしくない』よ。君、そんな冷静でも達観してもいないでしょ?」
「……っ、」
「もう散々無様晒してるっていうのに、これ以上取り繕って何になるっていうのさ? 本来の君がどんな性格かなんて微塵も興味無いけど、全然似合ってないよ、その表情」
 怜悧でどこか冷たい色を宿すの瞳を鼻で笑って、ザガンは長い指の先をに向けた。
「そうだなー……本当の君は、臆病で怖がりで、誰かの陰にいるのが安心する大人しいお姫様ってところかな? 勇ましくも凛々しくもないよね? だって君、」
 迷宮に来てから、ずっと震えているもんね。
ニッコリといっそ無邪気な笑顔を浮かべて言い放ったザガンに、がビシッと凍り付いた。
「ザガン、お前なあ!!」
「……、」
 青筋を立てて叫んだアリババが、何事か呟いたを振り向いて首を傾げる。何を言ったのか聞き取ろうとを覗き込んだアリババは、バッと勢いよく顔を上げたの頭突きを食らう羽目になった。
「――怖いですよ!!」
 ゴチンとぶつかった額の硬さに悶絶しているアリババと、彼らを心配しておろおろと慌て出すアラジンとモルジアナ。真っ赤になった額もその痛みもお構いなしに、ボロボロと泣きながらは声を張り上げた。
「ええ、怖いですよ! 迷宮も、わけのわからない生き物も、ジンも、ゴーレムも、龍兄様がいないことも、……全部全部、何もかもが怖くて仕方ないんです!!」
「えっと、サン……?」
「アリババ殿の金属器だって怖いんです! 熱いですし燃えますし!」
「えっ」
「やーい、怖がられてやんのー」
「うるさいです変態仮面! 仮面が気持ち悪くて怖いんです!!」
「……あの、」
「モルジアナ殿だって強すぎて怖いですよ!! 四人一度に持ち上げたり、ゴーレム掴んで投げ飛ばしたなんて、」
お姉さん、落ち着いておくれよ」
「アラジン殿も! ……すみません、アラジン殿は全然怖くありませんでした」
「えっ、あっ、それはそれで傷付くような……?」
「アラジン、あなたまでつられて混乱しないでください!!」
「龍兄様を返してください変態仮面!! ……龍兄様、瑛姉様……ッ、ぐすっ、」
 うわああああと、箍が外れたは幼い子供のように立ち尽くして泣きじゃくった。アリババたちもそして何故かザガンさえも、周囲はを泣き止ませようと一致団結する。大きな顔を近付けてあやそうとしたザガンは、目に肘鉄砲を受けて悶絶するのだった。
 
160812
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