「……ほんとうに、申し訳ありませんでした」
土下座で謝るに、アリババたちはワタワタと慌て出す。必死の説得で漸く顔を上げたは、泣き腫らした目を彼らからそっと逸らして言った。
「もう、ご一緒できません……ここからは、私は一人で行きます」
「なんでそんなこと言うんだよ? 白龍を助けるのも迷宮攻略も、皆で協力すればいいだろ?」
「これ以上、皆さんにご迷惑をおかけするわけには……」
「俺たちは仲間だろ? 助け合うことは迷惑なんかじゃない!」
「……ッ、」
の中で、今まで必死に抑えていた怒りがぶつんと弾ける。傍らの青龍偃月刀をガッと掴むと、はその刃をアリババの首へと突きつけた。アリババは元よりアラジンたちも青ざめて瞠目するが、の剥き出しになった憤りに誰もが気圧されていた。
「仲間だとか、助け合いだとか……!」
煌で、は努めて独りであろうとしていた。そうせざるを得なかった。信頼するきょうだいにの知る真実を話せば、彼らまで組織に睨まれる。敬する師である老将軍に抱えた疑念を打ち明ければ、彼らは現在と過去の主の間で板挟みになる。ほとんど誰もが紅徳と玉艶に恭順を示すあの国で、が仲間と呼べる人間などただの一人さえもいなかった。
「私は、助けてなんて言えないんです! 独りでできないじゃすまされない! 為さねばならないと、託されたんです!!」
「助けを求めることは恥じゃないって、あの子に言ったのはお前だろ!? 俺たちはを助ける、だからも俺たちを頼ってくれって、そういう話だろ!」
「なんで何も知らない内から、当たり前みたいに助けるなんて言えるんですか! 私が誰もに間違っていると言われることをしようとしたなら、それでも助けると言えるんですか?」
「それでも助ける!!」
グッと偃月刀を掴んで鋒を首筋に押し当て、アリババは叫んだ。
「俺は、が優しい女の子だって知ってる! 真面目で、実は泣き虫で、思いやりがあって、そんなが、間違ってるって判ってて間違ったことはしないって知ってる!!」
「……なら、正しいと思って過ちを犯したら? 助けるんですか? 手を貸すんですか?」
静かに凪いだの瞳に、アリババは息を呑む。が誰に似ていると思ったのか、今この時になって判ってしまった。はアリババに似ているのだ。自分一人でバルバッドを何とかしようとした、自分の責任だからと、それが正しいと思い込んで、そして、かけがえのない友を喪った、かつての自分に。
「助けるよ。絶対に助ける」
「……あなたは、正しさを尊ぶ人だと思っていました」
「正しさも守るよ。皆で考えた正しさを」
「……?」
怪訝そうに首を傾げたに、アリババは目頭が熱くなる。このままでは、はアリババと同じ道を辿ってしまう。
「……俺は、大事だった人を殺した。守れなかったものの償いに必死になって、一人で突っ走って、償うどころか……家族を、一番のダチを、殺したんだ。俺がもっとはやく、大事なことに気付けていたら……」
「…………」
「俺が、殺した……!」
震える声で泣きながら懺悔するアリババを前に、は呆然とする。
(この人は、一体何を言っているんだろう……?)
けれど、アリババは悲しいくらいと同じだった。国を失った王族と皇族。守れなかった後悔と、失ったものの償いに必死になって。それなのにどうして、アリババはこんなにも眩しいのだろう。どうして、アリババの涙はこんなに暖かいのだろう。同じはずなのに、逆さの鏡像を見ているようだった。
「…………」
シンドバッドがアリババから学べと言ったのは、こういうことなのだろうか。気付けば、の手からは槍が落ち、その手をアリババの涙を拭うために伸ばしていた。
「……やっぱり君、勇敢とか苛烈とかとは真反対だね」
ドゥニヤたちとの死闘の末に王の器へと選ばれたは、迷宮からの帰り道ザガンの巨躯を前に縮こまる。どうして自分が選ばれたのか、ザガンは最もらしい理屈を幾つか並べていたが、どうにもそれはしっくりこなかった。そもそも、この性格の悪いジンがまともな理屈で動く気がしない。
「僕の眷属に捕まってた村人見つけて半泣きになったり、僕が落としたお兄さん受け止め損ないそうになって半泣きになったり、ファナリスの娘に魔力分けながら半泣きになったり、金髪庇って腕刺されて半泣きになったり」
「…………」
「君、ほんとうに泣き虫だよね。笑える」
「返す言葉もありません……」
ニヤニヤしながらの泣いた場面を挙げていくザガンに、は苦い顔で俯く。そんなのつむじをプスプスと指先でつつきながら、ザガンは口の端を持ち上げて笑った。
「……君の本質は、優しいことだろうに」
「え?」
問い返したに、態と聞こえないように呟いたザガンは何でもありませーんと舌を出す。このジンと上手くやっていけるだろうか、と一抹の不安を抱いたを見下ろして、ザガンは真剣な顔で口を開いた。
「僕はね、人間が嫌いなんだ。口では都合の良い綺麗事を並べ立てながら、すぐに裏切ったり私利私欲に走る」
「…………」
「君は弱虫だけど誠実で正直だ。泣き虫だし臆病だしまだまだ腕も未熟だけど、そこだけは買ってる」
「……ありがとうございます、ザガン」
ぺこりと頭を下げたに、ザガンは複雑な想いで目を細める。かの王が作り上げた運命の一片。神の手で恣意的に作られた特異点は、世界で揺蕩う内に危うい一線の前でぎりぎり踏みとどまっていた。痛いほどにまっすぐなルフの眩しい白に、ひらりと見え隠れする黒い影。
「君を……貴方を信じています、我が王よ」
突然頭を垂れたザガンに、がアタフタと慌て出す。なーんちゃって、と小馬鹿にした笑みを浮かべるザガンに頭を抱えたをプークスクスと笑いながら、ザガンは内心本当に祈るような気持ちでいた。
(本当に、信じているよ)
160812