!」
 快活な声に、は槍を振るう手を止めて振り返る。片腕でも戦えるようにならなければと、自身を顧みない勢いで鍛錬をしていたは、何故だか急に汗びっしょりの自分の姿が恥ずかしく思えて、やって来るアリババから目を逸らした。
「な、何か御用でしょうか、アリババ殿」
「ちょっとに頼みたいことがあってさ。は手先が器用だって聞いて」
 頬を赤らめて用件を尋ねたに、にこやかな笑顔でアリババが差し出したのは、銀の鎖に小さな雫形の青い石のついた首飾りだった。繊細な造りの美しい首飾りだが、細い銀色の鎖が絡まって結び目になってしまっている。
「絡まっちゃって、解こうとしても上手くいかなくてさ。悪いけど、頼めるか?」
「はい、大丈夫です」
 快諾して首飾りを受取ったは、片手でもするすると器用に絡んだ鎖を解いていく。しゃら、と細い金属が擦れ合う涼やかな音がして、綺麗な輪の状態に戻った首飾りをはアリババに差し出した。
「どうぞ、アリババ殿」
「……は本当に器用なんだなあ。ありがとう!」
 どうやったらあんなにあっさり、と受け取った首飾りをまじまじと見つめるアリババが何だか微笑ましく思えて、はくすりと笑みをこぼした。
「どなたかに、贈られるのですか?」
 おそらく相手はモルジアナだろう、と考えて、胸がズキンと痛んだことには首を傾げる。鎖の留め具を外したアリババが鎖の両端を持ったままの首に腕を回して、突然の至近距離には顔を真っ赤にして狼狽えた。
「ア、アリババ殿!? 私、今、汗くさいですよ!?」
「え? 別にそんなことないけどな……むしろいい匂いだよ、は」
「えっ!? あっ、ええ!?」
「これでよし! うん、やっぱりよく似合ってる」
 の首元を彩った銀色と青色に、アリババは満足げに頷いて、から身を離した。遠ざかったぬくもりに、は安堵と共に少しだけ残念な気持ちを感じて胸を抑えた。
「これは、私に、ですか……?」
「ああ。この色、に似合うと思ったんだ」
「あ、ありがとうございます……でも、どうして」
「うーん、お礼とお詫びみたいなものかな」
「お礼とお詫び、ですか?」
「その……ザガンの迷宮で、俺に魔力を分けてくれただろ。あれがなかったら二人とも危なかった。それに、は炎が怖いんだって……白龍に聞いたんだ。俺の金属器が怖いのに力を貸してくれて、本当にありがとう」
「でも、あれは……! アリババ殿のおっしゃる通り、二人とも危ない状況で、助けられたのは私も同じで……私がもっと強ければ、アリババ殿にご迷惑をおかけすることも……」
 礼や詫びは必要ないと、むしろ自分の不甲斐なさを感じて落ち込むに、アリババは苦笑する。
燃え盛る炎を目にすると、未だに足が竦む。兄を亡くした日のことが思い出されて、上手に息ができなくなる。精神的にも弱い自分が情けなくて、はぎゅっと槍の柄を握り締めた。そんなの頭を、真剣な目をしたアリババがぽんと叩いた。
「ごめんな、余計に悩ませて……それでも、にこれをあげたいと思ったんだ。お礼とかそういうのは、ただの口実で……この首飾りを見たとき、のことが真っ先に思い浮かんだんだ。きっと、よく似合うと思って」
「…………ありがとうございます、アリババ殿」
 頬を真っ赤に染めて、はたどたどしく礼を言った。
「嬉しいです。家族以外の人からこういった贈り物をもらうのは、初めてなので」
「嘘だろ!?」
 照れくさそうに笑って青い石を撫でたに、アリババは目を見開いて驚く。その勢いにビクッと驚いたに、アリババは詰め寄った。
「え、だって、はそんなに可愛くて綺麗なのに、」
「そんなことありませんよ、ご覧の通り火傷だらけで醜いですし、私は皇女とは名ばかりの厄介者ですから」
「煌の男は皆見る目がないんだな……火傷があってもはとても可愛いのに。それに真面目で優しいを厄介者だなんて、少なくとも俺たちは思わないよ」
「アリババ殿……」
 真っ赤な顔のは、そっとアリババから目を逸らす。頬が燃えるように熱くて、アリババの顔を直視できない。家族以外の人間にこんな言葉をかけてもらったのも初めてで、頭の中が恥ずかしさや戸惑いでいっぱいいっぱいになる。思わず後ずさったは地面の窪みに足を取られて、がくんとバランスを崩した。
「きゃっ……!?」
!?」
 後ろに倒れそうになったを、大慌てのアリババが抱きとめる。バクバクと煩い心臓を宥めながらアリババに礼を言って体を離したは、咄嗟に支えにしようとした青龍偃月刀の柄が触れている地面から色とりどりの草花が生えていることに目を瞠る。先ほどまではなかったそれは、ザガンの金属器の能力に違いなかった。
「どうした? 
「……ザガンの能力が、判ったんです」
 草木を操る能力。これなら、と希望の光を胸に灯したに、アリババはパアッと表情を明るくした。
「すごいな、。俺が見た中で、一番優しい魔法だ」
「……優しい?」
 この能力を使って戦う方法を考えていたは、アリババの言葉にぱちりと瞬きをした。
「命を生み出す力だぜ、。きっと、いろんな人間の希望になる」
「きぼう、」
 力強い笑顔で背中を叩くアリババの笑顔が、やけに眩しく思える。ちっともそんな方向へと思考が至らなかった自分はどんなにか虚しい人間だろうと、はアリババの笑顔を前に光に照らされる痛みを感じて胸を抑えるのだった。
 
160820
BACK