「申し訳ありません龍兄様、お手数をおかけして」
「いや、気にするな。お前のためであればこんなことくらい、手間でも何でもない」
 の左腕の包帯を丁寧に巻き直しながら、白龍は優しく微笑んだ。けれどその表情は、欠けてしまったの左腕を見て痛ましそうに歪む。まるで自分の腕がちぎれてしまったような苦しさが、白龍の胸を重苦しくしていた。
「すまない、。俺がもっとしっかりしていれば……」
 自分が気付かなかったばかりにと俯く白龍を振り返り、は首を横に振る。
「いいんです、龍兄様。私自身の責任なんです。龍兄様のおかげで、痛みを感じることもありませんし……龍兄様には、いくら感謝をしてもしきれないです」
「……腕を治す方法なら、ないわけではないんだ」
 の左肩に手を当て、白龍は真剣な表情を口を開く。
「誰かの腕を対価に、お前の腕を治すことができる。俺の腕を、お前に」
 紅炎のフェニクスを解析して編み出した魔法。自身の腕を引き換えにの腕を治すと言う白龍に、は顔を真っ青にして首を横に振った。
「だめです、そんな、龍兄様の腕を犠牲になんて、できません……!」
 白龍は、の守るべき人だ。の仕えるべき主だ。白龍のためならば、腕だろうが脚だろうが失ったとて構わない。ただ、白龍が何も失わずにいられるのならば。その守るべき人の腕を代償に自分の腕を治すなど、の選択肢にあるわけがなかった。
「……なら、兵士の誰かに命じるか。皇女のためなら腕の一本や二本、惜しくはないだろう」
「それもできません、龍兄様……お気持ちは、ありがたいのですが」
 そもそも自分の責任で失った腕を治すために、誰かに犠牲を求めるという発想はにない。が頷けば、白龍は躊躇なく兵士に腕を差し出せと命じるだろう。武を尊ぶ煌において、魔導士である白龍はどうしても紅炎に兵士の支持という点では劣ってしまう。いつか皇帝として立つ日が来るかもしれない白龍に、兵士の反感を買うようなことはさせたくなかった。
実のところでひっそりと熱狂的に一部の兵士に慕われており、それこそが望めば腕の一本や二本、喜んで差し出す者は少なくないのだが、幸か不幸かはそれを知らない。
「大丈夫です、龍兄様。腕は治らずとも、ザガンの金属器の能力で何とかなりそうなので」
「……義手、か」
 の傍らに置かれた木製の義手を見て、白龍は眉間に皺を寄せた。確かにザガンの能力であれば、魔力さえ尽きない限り本物の腕と変わらず義手を動かすこともできる。しかし、白龍に、情けなく頼りない兄である白龍に、縋って頼ってくれていたぬくもりは、その左腕にはないのだ。ぐっと拳を握り締めた白龍の目に、きらりと反射した光が映って瞬きをした。
、それは?」
 鍛錬の時邪魔になってしまうからと、あまり装飾品を付けたがらないの首を、青と銀色が飾っている。自分の贈ったものではないそれに、白龍は嫌な予感を覚えて表情を険しくした。
「誰かから、もらったのか?」
「……あ、」
 白龍が伸ばした手から庇うように、思わずは首元を手で覆った。思わぬの反応に、白龍が先ほど感じた嫌な予感が確信に変わる。の頬とルフを染め上げた桃色。判ってしまった妹の感情に、白龍は思わずの首を彩る銀色を引きちぎってしまいたいとさえ思った。
なんということだろう。白龍の愛する妹は、恋をしている。それもあんな、責任を忘れた軽薄な王子に。誰が相手であろうがが白龍以外に恋をするなど看過できないが、アリババならなおさら、許し難かった。基本的に白龍と白瑛以外の前では冬の清流のような侵し難い空気を纏っていたが、近頃アリババたちの前では雪解け水のようなあたたかさを見せ始めている。それを知るのは、白龍たちだけの特権だったはずなのに。許せない、どうしてアリババが、あの純粋無垢なの本当の表情を知っているのか。迷宮で白龍が離れていた時のことは、聞いた話でしか知らない。けれど、その時に何かしらの心に響く何かがあったに違いなかった。
「……、」
 白龍は、そっとの体を抱き締めた。柔らかさを確かめるように、優しく何度ものつややかな髪を撫でた。
どうしてしまおうか。が白龍の抱く恋心に気付かなくとも、今まではそれで良かった。それで構わなかった。だってそれを知ろうが知るまいが、は白龍の傍にいてくれた。白龍がの絶対不動の一番だった。が望んで、白龍を自分の中の一番にしていてくれた。
けれどが自分以外の誰かに恋をするのなら、その恋は壊してしまわなければ。だっての一番が、白龍ではなくなってしまう。理由をつけなければ、一緒にいられない関係になってしまう。ただの、兄妹に。
「お前が抱えている秘密は、何だ?」
「……ッ!!」
 ふたりを繋いでいるのは、見果てぬ夢。叶わないと知っていて見続けている夢だけが、白龍とをただの兄妹ではない、特別な絆で結んでいてくれた。それでは足りないと言うのなら、鎖をより強固に。もっと深く、がずっとずっと隠していた、その胸の秘密を。
「お前が俺を、守ってくれようとする理由が知りたいんだ、
 の頬を両手で包み込んで、白龍は左右色の異なる瞳を覗き込む。揺れる青に映る自分の笑顔は、うっそりと歪んでいた。
「……龍兄様、」
「お前は何か事を成そうとしているのだろう、。俺はそれについて行く。どこまでも、最果てまでも。お前の望みは、俺の望みだ。お前の夢は、俺の夢だ。だから、」
 はきっと、白龍を危険に巻き込むまいと思っている。その健気さも愛おしかった。けれどそれが、の口を閉ざすのなら。
「俺を、置いては行かないだろう?」
 狡い言い方をしたのは、解っていた。の表情が、葛藤に強ばる。卑怯な問いかけだとは知っていたけれど、ただ答えが欲しかった。
「……龍兄様は、」
 視線を落としたが、躊躇いがちに口を開く。血の気をなくした頬を親指の腹で撫でて、白龍は続く言葉を待った。
 
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