「龍兄様は、」
 躊躇いがちに口を開いたが、おそるおそる白龍を見上げる。その頬を手のひらでそっと包み込んで、白龍はを安心させるように微笑んだ。重い秘密を話すことに怯えているが、決心したようにぎゅっと唇を引き結ぶ。白龍が頬に添えている手にそっと自らの手を重ねて、は色を失くした唇を開いた。
「……龍兄様は、雄兄様たちを殺したのは凱の残党だと、本当に思いますか」
「っ、」
 の問いかけに、白龍は息を呑んで目を見開いた。全く予期せぬ問いかけだったからではない。白龍も、調べに調べて漸く辿り着いていた疑問だったからだ。
紅徳の台頭、先帝の皇后だった妃の後ろ盾。組織と、彼らに力を与えられた皇子たち。出来すぎている、不自然だと、白龍はそれに気付かないほど紅炎たちの率いる煌を盲目的に信じてはいなかった。紅徳が実兄を謀ったのだと、そう思っている人間は多い。白龍も、その一人だった。
やはり妹は、あの日の真実を知っているのだ。兄が殺された、その本当の意味を。亡国の残党などではい、その敵は未だに煌に巣食っているからこそ、は傷付いても泣きたくても、剣を手に立ち上がるのだろう。繰り返し戦えと、自らに言い聞かせて。
「……誰が、兄上たちを殺したんだ」
「それ、は、」
、教えてくれ。俺はお前と一緒に戦いたいんだ。例え相手が誰であっても、俺は為すべきことをしたい。兄上たちの、弟として」
 白龍の言葉に、の丸く大きな青い瞳から、ぽろりと涙が落ちた。きっとも本当は、心のどこかで、白龍のその言葉を望んでいた。独りで抱える重みに押し潰されそうで。兄姉に縋りたい気持ちでいつも心は軋んでいて。白龍たちを守りたい。それでも、独りではないと言ってくれる、一緒に戦うと言ってくれる、そんな白龍に、今すぐ泣き喚いてしまいたいほどに、救われて。
「雄兄様たちを、殺したのは、」
 の声が、震える。白龍はどこまでも、に手を伸ばし続けてくれる。それが嬉しくて、悲しくて。は自らの原罪を白龍に裁かれるべく、その花弁のような唇を震わせた。
「お母様なんです、龍兄様」

「……辛かったな、
 から大火の日の真相を全て明かされた白龍が最初にとった行動は、震えるの体を優しく抱き締めることだった。信じられないという懐疑の声や、どうして今まで話さずにいたのかという怒りをも覚悟していたは、白龍の腕の中で目を見開いて凍り付く。どうして白龍は、を責めないのだろう。そんなに優しい目で、を労わるのだろう。
「そうか、母上……玉艶が、組織の首魁なんだな。兄上たちの仇は、あの魔女だったんだな」
 得心がいったと言うように、白龍は眉間に皺を寄せつつも何度も頷く。が玉艶を避けるようになった頃から、白龍もまた玉艶に距離を置いていた。実の息子や娘の前で何の衒いもなく紅徳や紅炎に媚を売る母親は、白龍が成長していくにつれ嫌悪感ばかり白龍の胸の内に抱かせて。年々に対して歪な愛情を露にしていく玉艶は、最早白龍にとって敬愛や親愛の対象ではなかった。あれは、おぞましい女だ。玉艶の周りに見える黒いルフは、魔導士である白龍からすれば明らかにまともな人間のそれではなかった。今まで抱いていた嫌悪感と警戒心が、の口から語られた真実によって侮蔑と憎悪に変わる。の無力をあげつらって、動けないを嘲笑って、蹂躙した後に嬲るように愛でて。許せない。愛しい妹を長年苦しめ続けてきたのは、最早母と呼ぶのも許容し難い魔女だった。
「……お前が王になりたくないと言ったのは、兄上たちのことがあるからなのか」
 幼少の時からずっと、ジュダルに幾ら誘いを受けても首を横に振っていた。その理由が、ようやく理解できた。きっとは、自分のことが許せなかったのだ。兄の死に際して何も出来ず、組織に侵されていく国を見ながらも今はただ機を伺うしかない。そんな自分が許せなくて、罪の意識に苛まれて、だからは、自分が王になる資格などないと、そう考えたのだ。
案の定、は視線を落として白龍の言葉に頷く。翳った色違いの瞳は、白龍の断罪を求めて震えていた。
「……私、」
 身勝手だとは、解っている。それでも白雄たちがいなくなってしまった日から、白龍に許されたあの日から、はずっと思っていた。
「龍兄様を、王にしたいんです」
「……!」
 驚きに目を見開いた白龍に、はしゅんと俯く。けれど白龍は、の両手を握り締めて、頬を紅潮させて最愛の妹に問うた。
「それは、本当か。お前は、俺が皇帝に相応しいと、そう思うのか」
「はい、龍兄様」
「俺は魔導士だ、王の器にはなれない。それでもか?」
「ジンが選ばすとも、私は龍兄様こそが王だと思います」
「……紅炎よりも紅覇よりも、紅明よりも、は俺を認めてくれるのか?」
「はい。比べるべくもありません、私の王は、龍兄様ただ一人です」
「……ッ!!」
 白龍が、喜びで顔を真っ赤に染める。魔導士である白龍は、帝位には無縁だと官人たちの薄笑いの対象になっていた。白龍も別に、帝位に望みがあったわけではない。それでも、有象無象の誰に祭り上げられるよりも、ただ一人の妹に貴方が王だと断言されたことが、何よりも嬉しくて。妹が、紅炎や紅明たちではなく、白龍が皇帝に相応しいと言ってくれたことが、何よりも幸せで。まるでに、選ばれたようだった。はマギではなく、白龍は王の器ではない。それでもそれは、白龍に使命感を抱かせるには十分に足る言葉だった。がそう、望むのなら。が白龍を、選んでくれるのなら。ならば、白龍は。
「俺はお前の王になろう、
 応えるのみだ。それ以外の選択肢など、元より存在していない。
「お前が見る夢を、俺も見る。お前の行くところならどこまでも、ついて行く。お前が先を往くのなら、俺はお前に道を示そう」
「……龍兄様」
 白龍の言葉に、は救われたような気持ちになる。白雄たちの死とその後の組織の台頭について、罪が無いのは白龍だけだ。煌の王になる資格がある人間は、白龍以外に誰もいない。
「今まで独りでよく頑張った、。今からは俺がついている。一緒に国を取り戻そう、俺も一緒に、兄上たちの分まで戦うから」
「は、い……!」
 ぽろぽろと涙を流しながら、は白龍の手を握り返して穏やかな微笑みを浮かべる。白亜の王聖が、の目の前で輝いている。絶対に、この人の手に煌を返すのだ。そう決意したの胸元で、青い石が哀しげに煌めいた。
 
160905
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