「アリババくんって、モテないんだよねぇ」
 アラジンたちの旅立ちに拗ね、黙って一人で船へと乗り込んだアリババへの、ささやかな意趣返し。場の雰囲気に合わせて笑顔を浮かべながらも、はアリババがモテないという事実に内心、ほっとしていた。アリババには申し訳ないとも思うが、やはり恋い慕う異性がモテるのは不安に思う乙女心である。そして乙女心とは時に複雑怪奇な思考へと至るもので、アリババの局部を目撃してしまったことを心底引いた様子で話すモルジアナに、は思わず「いいなあ……」と零していた。
「えっ」
さん?」
、落ち着いてくれ、考え直すんだ、猥褻物陳列罪だぞ」
 ぽつりと呟いてしまった言葉に、白龍もアラジンもモルジアナも大慌てで制止をかける。は単に自分の知らないアリババのことをたくさん知っているモルジアナに羨望を抱いていただけなのだが、いかんせんそれを口にしたタイミングが悪すぎた。自分の言葉の危うさにハッと気付いたは、顔を真っ赤にして腕をぶんぶんと振って弁解する。
「あっ、ちがっ、今のはそのっ、決して変な意味ではなく!! アリババ殿の恥ずかしいところも見れるのがいいなあという話で! そ、その、アリババ殿(の大事なところ)なんて、全く見たいとは思っていませんから!!」
もうやめて!!?」
 スパーンと船室の扉を開けて入ってきたアリババは、上げて落とされたんだか何だかわからないの言葉に、トドメを刺されていたのだった。

「ジャーファル、良かったのか? 彼女を送り出して」
「シンの方こそ。だいぶ彼女に執着していたではありませんか」
 見送りを終え、王宮の一室に戻ってきたシンドバッドとジャーファルは互いに笑みを浮かべて言葉を交わした。ジャーファルの言葉に、シンドバッドは肩をすくめる。
「いずれ彼女は、目的を果たすために俺のところに戻ってくるだろうからね。その時にゆっくり捕まえるさ」
「悪い人ですね。あなたは彼女がどんなに死にたがっても、死なせてあげないのでしょう」
「ああ。くんは、死なせるにはあまりに惜しい。彼女が命を捨てるのなら俺が拾う。だがお前はそうでもないようだな、ジャーファル」
 シンドバッドの視線に、ジャーファルはにこにこと微笑んだまま頷いた。
「ええ。私はあの子が死を望んだら、躊躇いなくその場で殺しますよ。死の安らぎに、あらゆる苦しみは届きませんから」
「それは同情か? 憐憫か?」
「愛情だと、私は思うのですが。どうにもああいう子どもは、放っておけない」
 もはや救いようのない、壊れてしまった子ども。昔の自分の行き着く先を見ているようで哀れだった。欲しいものには届かない。抱いた夢は叶わない。この先の人生全ての不幸を子供時代にねじ込まれたような、可哀想な子ども。壊れた夢を抱えながら破滅へと進んでいく彼女は、いつか自分が抱く憧憬の終わりを知る。本当はその前に、終わらせてやりたいのだ。残酷な末路を、迎えてしまう前に。
「あの子の望むものは、どこにも存在しない。それがわかっていてなお諦めないというのなら、それはもう呪いです」
「……兄に託された、使命か」
 今は亡き兄に託された、復讐。それを叶えたところで、託した者は亡く、笑ってくれる人はいない。彼女の夢が叶う場所はない、はずだった。復讐の後に残るものはなく、自身から零れた気持ちで追う夢がなくては人は生きていけない。それに気付けば、もあそこまで愚直に借り物の使命を追わなかっただろうに。
「……白龍くんか」
 はっきりとした形を得ていなかったの願いに、殻を与えてしまった白龍。の傍に寄り添い、理解を示し、愛情を与えて。かつて目指した在り方を白龍に託すように、は己の持つ願いの全てを白龍に捧げた。それは依存なのだろうか。否、まだ一方的な依存の方が救えたに違いない。白龍が、にそうさせたのだ。
兄に向けられていた敬愛を、父に向けられていた親愛を、母に向けられていた信頼と愛情を、全て自分が受け入れようと。のただ一人の理解者として、その夢に形を与えてしまった。そうすれば妹は、自分だけを特別に見ていてくれるから。
「俺に兄弟というものはいなかったからよくわからないが、」
 顎に指を当てて、シンドバッドは呟いた。
「それでも彼らの兄弟関係というものは、ひどく歪なのだろうね」
 
161115
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