『お母様、お母様』
 包帯だらけの身体を引きずって、は大好きな母へと一生懸命駆け寄っていく。の姿に気付いた母は、慌てた表情でに走り寄り、火傷から回復し切っていない小さな体を抱き上げた。
 『どうしたの? 。まだ怪我が治りきっていないのだから、走ったりしては危ないわ』
 優しい手付きでの頭を撫でる玉艶は、憂いの表情を浮かべてを窘める。ごめんなさい、と心配をかけたことを謝ったは、それでも知りたかった。訊かなければならなかった。
 『おかあさま』
『何かしら?』
 首を傾げる仕草すら麗しい、美しい母。その着物をきゅうっと握り締めて、は問うた。
 『雄兄様が、おっしゃっていたんです。お兄様たちを殺したのは、お母様だって。きっとそれは、嘘ですよね?』
『……ええ、。そんなこと、悲しい嘘よ』
 憂いの表情を浮かべて静かに首を振った玉艶に、の幼い心は救われる。はずっと、その言葉が欲しかった。母は父や兄を殺めてなどいないと、母を恨まずにいられる理由が、欲しかった。例えそれが、嘘だとしても。が新しい煌帝国を信じて生きていくための、理由が欲しかったのに。
 『白雄たちのことは、本当に哀しいことだわ。あの子たちを殺した者を、あの人を殺した者を、私は決して許しません。だって私は、家族を愛しているんですもの』
『……ほんとうですね、お母様は、お兄様たちを、お姉様を、愛していらっしゃるのですよね』
『ええ、。もちろんあなたのことも愛しているわ。あなたは私を愛してくれているのかしら?』
『はい、もちろんです、お母様』
『嬉しいわ、。ねぇ、あなたにお願いがあるの。あなたにしかできないことよ』
 白くたおやかな、ほっそりとした母の手が、の手首を優しく掴む。の耳元に唇を寄せて、玉艶は悲愴な声で囁いた。
 『お母様のことを、守ってちょうだい、。私、あの炎が怖くて堪らないの』
 白魚のような指が、の背後を指す。振り向いたの視線の先では、兄を奪った業火が燃え盛っていた。

「う、っあああああああああ!!!」
 目を見開いて涙を流しながら、魔力を纏った青龍偃月刀を振り下ろす。魔法道具に操られて正気を失っているのか、明らかに制限の外れた魔力放出はの命を脅かしながらも恐ろしい威力を発揮していた。
、落ち着け!! それ以上の魔力操作は危険だ!!」
 迷宮で倒れたの姿を思い出せば、背筋が凍る。何とかの意識を引き戻そうと呼びかけ続けるアリババだったが、ヒュッと頬を掠めた刃を紙一重で躱せば狙いを外した槍が地面に大きな亀裂を作った。
! 俺がわかるか、、止まってくれ!!」
「バカ、白龍、下がれ!!」
 防壁魔法も展開せずにの前に出ようとした白龍の首根っこを掴んで半ば投げ捨てるように下がらせ、アリババはアモンの金属器での刃を受け止める。ゴッと腕にかかった負荷は引きちぎれるかと思うほどで、華奢な少女から繰り出される攻撃の重さに人間魔力炉と呼ばれる存在の怖さを知った。一撃一撃がとても重いが、決して鈍重な攻撃ではない。武器だけでなく身体能力も魔力の放出により無理矢理強化されており、速い動きで攻撃を繰り出してくる。まともに当たれば、胴体など簡単に真っ二つだろう。
「俺の防壁魔法が間に合っていれば……!」
 に催眠の魔法をかけようとしながら、白龍が悔しげに呟く。海賊の首領である大聖母を追い詰めたが、謎の魔法道具を発動されて。咄嗟に防壁魔法を展開した白龍だったが、アリババたちにも、隣にいたにも届かなくて。魔法道具の光を受けた者は様子がおかしくなり、大聖母を母と誤認している言動をとって。それでも魔法を振り払ったアリババたちは、微動だにしないを呼び戻そうとして。
虚ろな目で振り向いたは、ぽつりと一粒涙を零し。肩を掴んでいたアリババを、躊躇なく青龍偃月刀で斬りつけたのだった。咄嗟に身を躱したアリババの頬はぱっくりと割れ、動く度に血が滲んでいる。
お姉さん、目を覚まして!」
さん!」
 アラジンとモルジアナがを抑えようと動くが、呆気なく弾かれる。既に精神干渉の魔法を受けているせいか白龍の魔法も効かず、はアリババと激しい剣戟を繰り広げる。防戦一方のアリババの腕からは段々と感覚がなくなっていき、このままでは打ち負けると察したアリババが金属器から炎を放つ。魔力により守られた金属器を斬ってを無力化させるためには、の体力を消耗させて魔力操作を困難にするしかない。そう思って魔力を金属器に注いだアリババだったが、白龍は顔を青ざめさせて叫んだ。
「それは駄目です、アリババ殿!!」
「え……!?」
 けれど既に振り上げた剣は止められず、アリババは炎を纏った刀身での槍を狙う。しかし急に逃げるように後ずさったは、青を通り越して白くなった顔色のまま呟いた。
「やっぱり、嘘なのですね……お母様」
 金属器の八芒星が光を放ち、の体を包み込む。光が止んだ時そこに立っていたのは、半身が魔装へと変化しただった。
 
161116
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