「魔装……!?」
もう魔装ができるようになっていたのかと、アリババは目を瞠る。魔装ができないことを気にしているアリババのために半身とはいえ魔装ができるようになったことを黙っていただったが、それが仇になった。
髪は後頭部で高く団子に結い上げられた状態になり、丸く纏められた髪の右側からは黒い孔雀のような羽がひと房下がっている。藍色の右目は赤く染まり、右半身の腕や足は黒い鱗や羽が覆っていた。どこか禍々しい空気さえ放つその姿で、はポツリと呟く。
「お母様……お兄様、を、どうして、」
「え……?」
その呟きが一人だけ聞こえたアリババは怪訝そうに問い返すが、諸刃の槍へと変形した金属器で突進してきたに吹き飛ばされる。洞窟の壁面へと叩きつけられたアリババを息が止まりそうな感覚が襲う。骨に罅が入ったような激痛が走ったが、続けざまに斬りかかってきたの攻撃を受けるために無理矢理に剣を構えた。魔力放出の出力は衰えず、一見ただ闇雲なの動きも、根底は鍛え上げた武術によるものだ。更には船で見せたように義手の左腕を変形させて幾本もの槍のように突き出し、アリババの体を貫こうとする。反射的に炎の壁でそれを焼き払ったが、飛び退いたは金属器を弓のように構えて矢を番えるような動作をする。同時にの周囲の空中に奇妙な形の物体が現れ、矢を放つ動作と共に歪な生き物のような「それ」は放たれた。
「ザウグ・アルアズラー!!」
「っ、何だこれ!?」
炎の壁を再び生み出し、襲い来る奇形の生き物を焼き払う。アラジンやモルジアナたちにも向かったそれらは各個に打ち払われたが、水の槍でそれを撃ち落とした白龍は驚きに目を見開いた。
「これは……微生物です!」
空気中にある、人の目には到底視認できない生き物。命を操るザガンの金属器と、空気中に無数に存在する生物。最悪の組み合わせとも言ってもいいそれに、白龍は息を呑んだ。残弾数に制限など無いに等しい、生きた矢。けれどそれを警告する前に、アリババがに肉薄していく。の恐怖の対象である、炎を纏った剣を翳して。
「、しっかりするんだ! お前は操られて仲間を傷付けるようなやつじゃないだろ!?」
「……ぃさま、」
「っ!?」
「……あなたが、あなたがお兄様を……! 何故、どうして……!」
「……!?」
アリババの放つ焔に真っ直ぐに突っ込んでいくを見て、白龍が悲壮な声を上げる。最悪の偶然だ、『母』への想いを呼び起こす魔法と、心的外傷の原因である炎。今のの精神は、あの大火の日に囚われているに違いなかった。金属器の炎で腕や脚に火傷を負っても、は怯むことなく槍を振るう。アリババの剣がバッサリと肩に裂傷を負わせても、は表情を歪めただけであった。
「駄目、まだ、戦わなければ……私が、やらなくては……!!」
くるりと回った槍の穂先が、アリババの脇腹を抉る。ぐっと呻いて脇腹を押さえたアリババだったが、その目に諦めは浮かんでいない。どちらかが倒れるまで、戦いが終わらないことは明白だった。アラジンたちもを止めるために二人へ近付こうとするが、倒しても倒しても生み出される微生物の眷属たちに行く手を阻まれる。グッと唇を噛み締めた白龍が、モルジアナとアラジンに頭を下げた。
「申し訳ありません、お二方! ここはお願いします!!」
「白龍くん!? 待って、危ないよ!!」
の生み出した眷属との戦闘を放棄し、白龍は防壁魔法を張っての元へと一目散に駆け出す。槍を振り下ろそうとしたの前に飛び出して両腕を広げ、殊更に『兄』を意識して声を作った。
「『、もういい。今は休め』」
ピクッと、の表情が動く。振り下ろされようとしていた槍は動きを止め、の躊躇いに震えていた。白龍は防壁魔法を解いて、ゆっくりとに歩み寄っていく。
「『大丈夫だ、俺はここにいるから。ずっと傍にいるから。置いていったりなど、しないから』」
「ゆう、にいさま……?」
「『おいで、』」
の瞳に、僅かに正気の光が灯る。完全に戦意を喪ったを、白龍は優しく抱き締めた。たくさん負った裂傷と、火傷。魔力放出によって酷使された体は、異様なほどに熱を持っている。こんなになってまで、は戦うのを止めなかった。それは、今は亡き兄の為。歯軋りしそうになるのを、懸命に抑え込む。
「雄兄様……私、もっと頑張りますから……だから、」
「……ああ、」
今は休め。そう告げて、白龍はの項に手刀を打ち込んだ。哀れで美しい、愛おしい妹。大火の日に、未だ自分の言葉は届かない。を縛る白雄の言葉は、まるで呪いだ。その鎖を自分が持たねば、は兄の呪縛に呑まれてしまう。その危惧に、白龍は自らの恋慕を更に歪ませていくのだった。
161120