「……良かったのか、
 黙り込んで隣を歩く妹に、白龍は問いかける。たとえ問いかけとは裏腹にこれでいいのだという肯定を望んでいようと、憔悴した様子の愛しい妹を放ってはおけなかった。
「アリババ殿のことが、好きだったんだろう」
「……!!」
 ビクリと揺れた肩に、この幼い妹は恋心を隠していたつもりであったらしいと白龍は眉間の皺を緩める。全く隠せてなどいなかったが、それもの可愛いところだと白龍は思っていた。
きっと白龍が許せば、はアリババの背を追っていくだろう。元々、は人を殺すことばかり考えて生きられるような非情な性格ではない。殺し、恨まれ、傷付けて傷付いて、そんな繰り返しになると解っていてなおそれを選ぶ以外に道はなく、そんな中で疲弊した心に、アリババの優しさはどれだけ暖かく染み渡ったことだろう。に必要なのは、復讐を止めていいという誰かの赦しだ。そんなことをしなくても生きていていいのだと、ただ生きていてくれるだけでいいのだと。自分の幸せを求めていいのだと、白雄の言葉に縛られなくていいのだと。
きっと、その許しを与えてやれるのは白龍だけだ。を復讐から解放してやれるのは、白龍だけだ。がただ一人王と仰いで膝をつく白龍だけが、もういいのだとに言ってやれるのに。
「大聖母のことを、謝りたいのだろう。本当はあれを殺す気も、なかったのだろう」
「……っ、」
 足を止めて、白龍はの手を取る。怯えたように震える藍と青灰の瞳を覗き込むように、白龍はに顔を近付けた。
「お前は、本当に優しい子だから……優しすぎるくらいに」
 そっと、片手を挙げての両目を覆う。もう片方の腕で妹の華奢な体を抱き寄せて、白龍はに囁いた。
「俺のせいにしていい」
「……?」
「俺はお前の王だ。、お前の全ては俺のためにある。お前の責は、俺の責だ。何もかも、俺に従ってやったことだ。そう思え、
「龍、兄様……? そんな、」
「俺たちには力が必要だ。俺には力がない。お前は優しさのために力をふるえない。だから、お前はこれから力を使う理由を考えなくていい。ただ、俺の言う通りにしてくれ。今はただ、俺に従っていてくれ。それが俺たちのためなんだ。わかるな? 
 の責を全て負うと言う白龍に、は身を震わせる。そんなこと、自分の弱さのために白龍に責任を押し付けるなんてことはできないと、けれど白龍は、甘く優しい低い声で、に現実を突きつけた。
「罪の無い王などいないんだ、。今は罪がないとしても、いずれ罪を負っていく。ならば俺は、お前のために罪を背負いたい。俺のために手を汚してくれる、のために」
 だから、白龍の言うなりに、白龍の臣下でいてくれと。何も考えなくていいからと。救いのない道へ妹を追いかけて踏み込んだ白龍は、その手を引いて更なる深みへと引きずり込もうとする。引き戻すつもりもなかった。母への愛憎に傷付き、不毛な夢に苦しみ、兄の呪いに蝕まれる妹を、何よりも美しいと思う。何よりも愛おしいと思う。その火傷跡も、色の異なる瞳も。
それに何より、あの魔女が許せない。妹の感情をここまでかき乱す、あの女が憎い。自身の手で決着をつけさせてやらなければと、強く思う。兄と母の二人に、はずっと囚われているのだ。煌を元あったような形へと戻したい。その大望と同じくらいに、玉艶を自身の手で殺させてやりたいという気持ちが強かった。
「大丈夫だ、。俺はどこまでもお前と一緒に行く。どんなところにだって、ついていく。手放しなど、しないから」
「龍兄様……」
「俺はお前のただ一人の王で、お前は俺のただ一人の臣下だ。一緒に、煌を取り戻そう。そのためなら、何だってするから」
「はい、龍兄様……私は、龍兄様の、臣下です」
 友情も恋情も、全て胸の奥に仕舞い込もう。白龍の臣下として、玉艶を殺すために。両目を閉じると、白龍に塞がれていた視界に本当の真っ暗闇が訪れる。が追い続けていたのは、白雄の背中だった。けれど今日からは、白龍がの手を引いてくれる。ふっと、何かの糸が切れたように瞳から涙が溢れ出た。安堵にも似た感情が、胸を満たしていく。掌を濡らす温かい感触に目を細めた白龍は、そっとの唇に口付けを落とした。
「……っ!」
 驚きと困惑に震えただったが、白龍を拒むことはない。その事実に気を良くした白龍は、確かめるように唇を更に強く押し付けた。ふにゅりと柔らかい感触が気持ち良くて、兄妹同士という背徳に高揚感を煽られる。ぽろぽろと涙を零すの初恋の残滓を、そうとは知らずとも塗り潰して、食い荒らして。白龍を拒めないは、呆然と白龍と重ねた唇の温度を感じていた。
「……、愛している」
 たとえ、血の繋がった妹でも。たとえ、他に想う人がいると知っていても。
迷わず受け入れるにはあまりに衝撃的な慕情の発露に、は目を見開く。すっと退けられた手の向こうで、兄の瞳が穏やかに揺らめいていた。
「お前が俺の臣下だと言うのなら、お前の全ては俺のものだろう、
 その心は手に入らないと知っている。の恋は白龍に向けられたものではないと知っている。だから、その存在ごと白龍のものにしてしまえばいい。元よりは、白龍を拒む術を知らない。
「俺の愛を受け入れてくれ、。今はまだ、俺を愛さなくてもいいから」
 ただ呆然と頷く他に、選択肢がないと知っていて。知っているからこそ、独占欲と嫉妬にまみれた愛情を押し付けた。こんなやり方は間違っていると、解っていた。それでもが好きだった。今しかないと、を得たいのなら、こうする他に方法はないと。
だっては、白龍に恋をしない。認めたくなくとも、認めるしかなかった。は、アリババのことが好きなのだ。それでも、アリババには譲らない。他の誰であっても譲りはしないが、アリババだけは殊更に嫌だった。だから失恋の隙間につけ込むように、のぐしゃぐしゃに絡まってしまった自己否定と白龍へ縋る気持ちすら利用して。
「……、」
 目を閉じたに、再び口付ける。卑怯でもいい、が手に入るのなら、どんな謗りだって。愛はのように綺麗ではないのだ。重ねた唇の温度が、どこまでも愛おしかった。
 
161229
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