……!?」
 白瑛は、震える声で妹の名を呼んだ。振り向いた無垢な瞳と、妹が生み出した惨禍はおぞましいほどに釣り合わない。得体の知れない生き物に虐殺された異民族と、その光景を作り上げた白く小さな手。何か悪いことをしてしまっただろうかとでも言うように不安げに怯えを映して揺れた瞳は、叱られることを恐れる幼い子どもそのもので。を宥めるように、白龍がその細い肩に手を置いた。
「いい子だ、。大丈夫、姉上は少し驚いただけだから。次はあちらを頼めるか、。お前が魔力の調節を覚えるのにも丁度いいだろうから」
「……はい、龍兄様」
「待ちなさい、白龍……!」
 褒めるように妹の頭を撫で、殺戮を行わせようとする弟に、白瑛は声を荒らげる。に伸ばそうとした白瑛の手を優しく払い除け、白龍は艶やかに笑った。
「駄目ですよ、姉上。下手に邪魔立てしては、が怪我をしてしまうかもしれないじゃないですか」
「ッ、白龍、あなたは何とも思わないのですか! 私たちの可愛い妹に、こんなことをさせて!」
「愛おしいと思いますよ。俺や姉上のために、敵を滅ぼそうとしてくれているんです」
「……白龍!」
「これはが自分で決めたことですよ、姉上。今はに何も言わず、見守っていてあげてください」
 と自分のすることに口を出すなと、白龍は笑顔の裏で姉に告げる。ギャアッと上がった悲鳴にそちらを見遣れば、剣を振り翳してを襲おうとした男にの眷属が喰らいつき、胴を真っ二つにしたところだった。びちゃりと飛び散った血と臓物がの顔や服を赤黒く染め上げたが、は目の前で死んだ男に眉一つ動かさない。がトン、と槍の柄で地面を叩くと、新たに生成された植物の槍が敵を刺し貫いた。今まさに背後から斬られそうになっていた白瑛の眷属が、躊躇いながらもに礼を言う。それに静かな笑顔で応えると、は偃月刀を構えて迷わず敵陣へと踏み込んでいった。
「姉上も褒めてあげてください。は、あんなに強くなったんですよ」
「…………」
 青ざめた顔で、白瑛はの戦いを見守る。槍と剣、そして金属器の能力を使い分けて戦うは、まるで白瑛の知らない人間のようで。あんな苛烈な瞳をする子だったかと、恐れにも似た感情に白瑛はぎゅっと拳を握り締める。迷いのない足取りで敵将の元へと辿り着き、一刀のもとに首を落とした。ごろりと転がった首級を丁寧に拾い上げて、は窺うように白瑛たちを見た。途方に暮れた幼子のような姿に、が戦をしていたのではなく、ただ白龍に言われるままに突き進んでいたのだとその危うさを悟る。目を細めた白龍の前で、白瑛はありったけの声を張り上げて戦の終わりを叫んだ。

「……、今日はよく頑張ってくれました。ありがとうございます」
「いえ、お姉様にお怪我がなく何よりです!」
 血に濡れた体を拭き清めてやりながら労いの言葉をかけると、は無邪気な、照れ照れとした笑顔を浮かべて嬉しそうにする。とても殺戮を行い屍の山を築き上げた金属器使いとは思えない無垢な笑顔に、白瑛は髪にこびりついた血の塊を洗い流してやりながら問いかける。
「……、つらくありませんか? あなたは兄姉の言うことをよく聞いてくれるいい子ですが、嫌だと思ったことは嫌だと言ってもいいのですよ?」
 慈しみに溢れた姉の言葉。けれど、はぱちりと目を瞬くとぶんぶんと勢いよく首を振る。
「わたし、つらくなんてありません、瑛姉様。やっと龍兄様やお姉様のお役に立てて、嬉しいんです」
「それでも、白龍の言いなりになってこんな戦い方をせずとも、」
「大丈夫です、お姉様。私が自分で決めたんです。龍兄様のおっしゃることに間違いはないと、龍兄様のお言葉を信じて迷わずついて行くと、私が決めたんです。だからどんなことも……私自身の、責任です」
 流されていく血と水を見下ろして、は静かな瞳で言う。自分が何をしているかわかっていても、それは白龍のすることを全て信じると決めた自分の意思でやっていることだと、は言った。盲目よりも或いは質が悪いと、白瑛は唇を噛み締める。
「お姉様、私は、龍兄様を守りたいんです。龍兄様は、きっと煌を正しく導いてくれる人ですから」
……?」
 無邪気な妹の言葉に違和感を覚えて、白瑛はの瞳を覗き込む。左右色の違う瞳に映る感情は、白龍への信頼だろうか。白雄によく似た瞳が映すその色を、何故だか上手く読み取れない。今まで一度たりとも、愛しい妹の感情を読み違えたことなどないというのに。
、」
 もうどんな言葉も思いつかなくて、白瑛は華奢で柔らかい妹の体を優しく抱き締める。弟と共に、どこか遠くへ行ってしまいそうな妹が、悲しいほどに愛おしい。引き留めたくて、どうやって引き留めてやったらいいのかわからなくて。きっともう白瑛とたちの道はすれ違い始めていると薄々わかるのに、どうしたらいいのかわからない。
ただ縋るように、白瑛はぎゅうっとの体を抱き締めたのだった。
 
161231
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