「お前の真意はどこにある」
金色の焔が、瞳の奥で揺らめいていた。城の損壊が明らかに戦闘の痕であるということで事情聴取のために呼び出されたは、白龍の手当を受け怪我に関してはほぼ完治している。けれど玉艶に手も足も出ず、ジュダルには意味深な言葉をかけられ。どこか心在らずな様子でいるの深い蒼を覗き込み、紅炎は問うた。
「お前は白龍に従い、玉艶の即位を扶けた。だがその直後に、玉艶と戦闘に及んだ。、お前はいったい、何がしたい」
「…………」
「、お前はどこにいる。まだあの燃え盛る城の中にいるつもりか」
紅炎の言葉に、の瞳が揺れた。青い深淵の奥に、ちらちらと踊る炎。義妹は未だ、炎の悪夢の中にいる。それはきっとかの太子が望んだことではないはずだと、紅炎は信じていた。
「お前に、また玉艶を殺そうとされるわけにはいかない。それに関しては手を打たせてもらう。いいな、」
「……さないのですか」
「何?」
「殺さないのですか。私を」
亡き白雄によく似た静かな瞳が、火傷跡があってもなお美しく、大帝の面差しを色濃く残す顔が、紅炎の目の前にあった。そして『それ』は、紅炎に問いかける。紅炎を問い詰める。を、殺さないのかと。
カッと、紅炎の頭に血が上る。自身がどう思っていようと、は紅炎にとって守るべき、大切な妹のひとりだ。白雄が命を懸けて守り抜いた、彼らの忘れ形見だ。ならばを守るのは紅炎の義務だろう。例えその心を折ろうと、白雄が繋いだ命を絶たせないのが紅炎の役目だろう。に理解されたいとも恩着せがましいことを言うつもりも無かったが、殺さないのかと、白雄と同じ瞳でそれを言うことだけは許せなかった。
「ッ、」
小さな義妹の肩を掴み、その場に引き倒す。は、大した抵抗もしなかった。アシュタロスの金属器を抜き、炎を顕現させる。近付く炎に眉を顰め、汗の滲むの様子――明らかに怯えているその様子を見下ろして、紅炎は低い声で問うた。
「怖いか」
「…………」
「こんなものを恐れておいて、よく殺さないのかなどと問えたものだ」
は火を、炎を恐れている。それはの心的外傷だ。誰よりも慕わしかった兄を奪い、自身に消えない傷を残した凶器。大火の後目覚めてからしばらくは、燭台の灯すら駄目になっていたほどの深い傷だ。は弱い。弱いくせに、兄のための復讐に囚われて身を焼こうとしている。それを諭そうとした紅炎に、けれどは峻烈な炎を目に宿して問い返した。
「恐れているのは、義兄上ではないのですか」
静かな声。怒りでも、侮蔑でもない。それは、憐れみの声だった。紅炎より脆く小さく、今紅炎に生殺与奪権を握られている。そんな少女が、紅炎を憐れんでいた。
「殺さないのではなくて、殺せないのでしたか。私を殺すのが、怖いのですね。私が雄兄様に似ているからですか、それともこの火傷痕に罪悪感を抱いているのですか。或いは私が、義兄上が守ろうとしていた主君の系譜だからですか」
小さな手が、傷だらけの脆い手が、紅炎の頬に伸びる。そっと、優しく、慈しみを込めて紅炎の頬に触れた。炎に怯え、過去の悪夢を引きずり出されて傷付いている義妹が。
「私を殺したら、自分が何を守ろうとしていたのかわからなくなってしまうから怖いのでしょう。けれど国の仇も政の腐敗も、煌のためにと見逃してきた貴方が、今更何を怖がるのですか」
違う。紅炎にとって例え表面上は組織の傀儡に甘んじようとも。は、たちだけは、譲ってはいけない最後の一線なのだ。正しかった煌の、最後の在処。いつか煌によって真の平和が築かれた時、そこで笑っていて欲しい人。願わくば、平時の王たる弟の隣で、微笑んでいてほしい姫君。たちを殺してしまっては、本当にただの裏切り者になってしまう。例え恨まれようと、憎まれようと、ただ生きていてくれるのなら。
「悲しいですね、義兄上」
「……お前にどう思われようと、一向に構いはしない」
だからこそ、紅炎は小さな義妹の手を振り払った。自分は憎まれていい。全てが終わったのなら、殺されたとて構わない。どんなに残酷なことをしたとしても、その日が来るまで生き長らえさせなければならない。白雄たちが守った命だ。紅炎が守れなかった主君が、紅炎に託した命。何をしてでも、守ってみせる。その意思を殺そうとも、守ってみせる。
「俺はお前を殺さない。お前に殺されもしない。お前に、誰を殺させもしない」
が生まれてきた日のことを、紅炎は鮮明に覚えている。白蓮が、特別だと言って赤子のの元へと内緒で連れていってくれた。小さくて頼りなくて、ふにゃふにゃだった小さな指。
が生き残った日のことも、焼け付くように覚えている。傷だらけで、血塗れで、それでも生きていた。成長はせども相変わらず脆くか弱い手のひらが、兄を探すようにさ迷っていた。その手を握り返した紅炎の手に、縋った小さな手。
「お前は俺が死なせない。絶対にだ」
守らなければ。守らなくては。
の首筋に手刀を打ち込んで気絶させ、フェニクスの金属器を取り出す。飼い殺し。檻の中の偽られた平穏。それでも構わない。ただ、生きていてくれるのなら。調停の魔法をかけるため、紅炎は金属器に魔力を込めた。
170619