「綺麗な桜ですね、雄兄様」
「ああ、そうだな……。桜の下には死体が埋まっていると言うが、」
ひらひらと淡い色の花弁を散らせる桜の大樹の根元に、を抱きかかえた白雄は腰を下ろす。精緻で美しい装飾のされた小箱の留め金をぱちりと外し、白雄は優しく微笑んだ。
「俺はお前を冷たい土の下に埋もれさせはしないよ、。寒いのは嫌だろうから」
「寒くても、我慢しますよ?」
「良いんだ、俺も寒いのは好きではないから」
ぽかぽかと暖かい、春の陽射し。柔らかに萌ゆる薄緑の野原。浅葱色に透き通る空は澄んだ空気に晴れ渡り、鳥たちが生の喜びを歌いながら翔けていく。
「でも、きっと冷たくなってしまうのでしょう」
「こうしていれば、きっと冷たくならないさ」
ぎゅっと抱き寄せたの白い小さな手に、自らの白く長い指を絡め合わせる。繋いだ手の奥でとくんとくんと脈打つ生命の音が、とても暖かかった。
「お前の唇は、桃か桜のようだな」
「もう、雄兄様……」
繋いでいない方の手がの頬を滑り、その親指が淡い紅色の唇を優しく撫でる。白雄の言葉に照れたが頬を赤く染めるが、その藍色を白雄から逸らしはしなかった。
「綺麗だ、。誰よりも何よりも、お前のことを愛している」
「私も、何と較べることもできないほど雄兄様をお慕いしています」
ざあっと温い空気を含んだ風が吹き、桜吹雪が舞い上がる。の髪に吹き付けられた桜の花弁を摘んで、小箱から出した白い錠剤と共に白雄はそれを口に含んだ。
「……お別れですか?」
「いいや、ずっと一緒だ。どこでもない場所で、誰でもなくなって。ずっとずっと、二人きりの旅路だ」
少しだけ寂しそうに笑ったに微笑んで、白雄はその桜色の唇に口付ける。紅い舌が一粒の薬をの小さな口腔に押し込んで、はそれをこくんと躊躇うことなく嚥下した。それに一瞬だけ瞳を歪ませた白雄が、自らの喉にもう一粒と桜の花弁を呑み込ませる。唇を重ねたまま、静かに抱き合って見つめ合ったまま。ただ、きゅうっと縋るように掌に力が込められた。
やがて、二人の体がとさりと柔らかい緑色の地面に倒れ込む。僅かに離れてしまった口元からは、赤い鮮血が伝い落ちて緑の草を濡らしていた。
暖かい陽気の中、血の気を無くしていくふたつの躯。繋がれたままの白い手に、ひらりと桜の花びらが舞い落ちた。
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文字色:桃花色/背景色:桜色