新緑のきらめく光が反射する、山奥の静かな湖。ちゃぷちゃぷと木漏れ日を追いかけるように裾を水に濡らしていたが、楽しそうに笑いながら白蓮を振り向いた。
「蓮兄様、水が気持ちいいですよ」
「そんなにはしゃぐと転んでしまうぞ、は元気だな」
照りつける太陽にじんわりと滲んだ汗を、水でパシャパシャと洗い流しながら白蓮は笑う。遠く蒼い空にはもくもくと白い雲が流れていて、ジージーと鳴く蝉の声はひどく忙しなかった。
「だって、こんなところに来て水遊びをするなんてはじめてで、」
「ほんとに、は可愛いなぁ」
白い薄手の着物を躊躇無く水に浸からせるを見て、白蓮は笑いながらバシャッとに水をかける。きゃあっと楽しげな悲鳴を上げたが、小さな両手で白蓮に水をかけ返した。
真夏の太陽の下、安息の眠る湖。じわじわと降り注ぐ眩しい日光に火照った体にぶつかる水の感触は心地よく、二人はしばらく幼い子どものように遠慮なく水を掛け合って遊んだ。同じ色をした髪がぐっしょりと濡れて、白蓮は自らの切り揃えた短い髪をグイッとかき上げる。ぱたたっと飛び散った水滴から可笑しそうな声を上げて逃げたを捕まえて、その濡れた髪をひと房すくい上げて口付けを落とした。
「続きは向こうでしような、」
「はい、蓮兄様」
白く細い踝に、重く黒い鎖を付ける。ズシッと重みのあるそれのもう片方を自身の足に嵌めると、鎖を手に巻き付けて白蓮はを抱き上げた。
「向こうにも、夏はあるのでしょうか?」
「あった方がいいな。俺は夏が好きだ」
「私は暑いのは苦手ですけれど……蓮兄様みたいで、夏は好きです」
ちゃぷちゃぷと、浅瀬から湖の中心に向かって足を踏み出す白蓮。その胸に頬をすり寄せて、は笑った。
「夏はいいぞ。暑いけれど、生命が全力で輝く季節だ。氷菓子が一番旨く感じる季節でもある」
冗談めかして言う白蓮に、はくすくすと笑みを零す。一歩一歩、紺碧の深淵へと歩を進める白蓮も、その胸に抱かれるも、だんだんと深くなる水深など見えていないかのように会話を交わしていた。
「蓮兄様の青色は、夏の空の青ですね」
「の青は、夏の海の青色だな」
水平線で交わる空と海。ちゃぷんと波打つ水がの頬を打つと、白蓮はを抱き直して二人の顔の高さを同じにした。
「では蓮兄様の白は、海に舞い飛ぶうみねこの白でしょうか」
「それならの白は、空にたゆたう雲の白だろうな」
ざぷん。二人の体が、一気に深くなった淵に墜ちて沈んでいく。互いの息を分け合うように、音の無い世界で二人は唇を重ね合った。
160201
文字色:天色/背景色:青藍