「寒くないか、」
灰色の雲が覆う空からは、ちらちらと雪の華が舞い落ちる。切り立った崖から見渡せる海は重い鈍色で、白龍は荒れ狂う水面から視線を逸らして隣に立つを見下ろした。
「龍兄様の手が暖かいので、平気です」
赤くなった頬と鼻の頭を隠しもせず、平気だと言って笑う妹が可笑しくて、白龍はふ、と頬を緩める。思わず抱き寄せた体は冷え切っていて、白龍は両手での頬を挟み込んだ。
「こんなに冷えているくせに」
「龍兄様の手が暖かいからいいんです」
にこにこと、灰色と白の世界で眩しいくらいに笑う。降り積もった雪は、歩いて来た道をすっかり隠してしまっていた。
「……きっと、足跡もすぐに埋もれるな」
「はい、」
「きっと、誰にも見つからない」
「はい」
「もう何にも、怯えなくていい」
「そう、ですね」
「春が来たら、その頃にはきっと自然に還っているのだろうな」
「はい、きっと」
白に埋もれて、誰にも見えないね。空の欠片が、灰色の海に溶けて消えていく。自分たちもああして、白の一片になって摂理に還るのだろう。冷たく暗い海の底で、きっと誰にも邪魔されない。怖いものなどやって来ない。ずっとずっと二人きり、ぬくもりを分け合って、暖めあって。
「怖いか?」
「いえ、龍兄様となら、どこまでも」
いじらしい返事にこみ上げる愛しさを込めて、白の中唯一赤い唇に口付けを落とす。何度も何度も唇を重ねて、それでも漏れ出る吐息さえ白かった。
「……妹(いも)と登れば険しくもあらず」
「?」
ぼそっと呟いた白龍の言葉が聞き取れず、はきょとんと藍色の目を瞬いた。
「愛しいあなたと登るのなら、険しくなどあるものか……そんな歌があったと思ってな」
険しい崖を見下ろして言った白龍に同意するように、は静かに微笑んだ。俺たちは逆だが、と自嘲気味に笑った白龍の頬を、の小さな手が包み込む。
「龍兄様といくのなら、どんなところだって怖くなどありません」
「……そうだな、俺もだ」
抱き寄せた小さな体を、強く強く抱き締める。金属器の力で義手をバキバキと枝に広げ、二人の体を離れないように縛り合わせた。すまないなと呟いて、最後の仕事を果たした金属器を雪の上にぽすりと沈める。生身の腕でしっかりとの頭を抱え込み、とんっと地を蹴って。ふわりと浮いた白の世界の中で、笑うが愛おしかった。
160201
文字色:灰青/背景色:月白
歌の出典:「梯立の 倉梯山を 嶮しけど 妹と登れば 嶮しくもあらず」(古事記/速総別王)