「紅明に妹扱いされたくない?」
俺に相談すんなよと言いながらも、献上品であるの手作りクッキーを食べてしまった以上は何かしら答えなければなるまいとジュダルはゲーム機を片手に思案する。けれどすぐに飽きたのか、小動物のようにクッキーを咀嚼するを横目で見て投げやりに口を開いた。
「ガキみたいに菓子ばっか食ってるから、妹っつーか子供扱いされるんじゃねえの?」
「がっ……」
自分のことを完全に棚に上げたジュダルの言葉に、クッキーを持つの両手が凍りつく。そんなを見て、元より真面目に相談に乗る気のないジュダルはニヤニヤと口元を歪めた。
「ただでさえ妹ちゃんは幼児体型で色気の欠片もねぇのに、そんなに菓子食ってたらデブになってますます紅明に相手にされねーぞ?」
「……!!」
「大学なんていたら、紅明の周りは大人の女だらけで選り取りみどりだぜ? 体型だけでも大人になってみせろよ妹ちゃん」
紅玉であれば怒り狂いそうな言葉を向けても、元来の気性が大人しいためにショックで顔を真っ青にしてぷるぷると震えるだけのはジュダルにとって格好のおもちゃである。それに気付くことなく固まっているの手から食べかけのクッキーをひょいっと奪うと、ジュダルはそれを口に放り込んでバリボリと噛み砕いた。
「そういうわけだから、残りのクッキー全部俺の分な」
***
ごくりと唾を飲み込んで、は体重計と睨み合う。ジュダルが言うことももっともであると、は思ってしまっていた。ここは一度真っ向から自分の現実と向き合うべく、は物凄い気迫を背負いぎゅっと目をつぶって体重計へと足を踏み出す。ひんやりとした感触を足の裏に感じておそるおそる目を開いたは、見下ろした数字が信じられずに愕然と目を見開いた。
「……!?」
ありえないほど、体重が増えている。前に測ったときよりも、遥かに。これでは紅明に異性として見てもらうところの話ではないと、は自分の意識がふらりと遠のくのを感じてよろめいた。
「おっと、危ないぞ、」
「蓮兄様……?」
至近距離からを抱きとめたのは白蓮で、は真っ青な顔色のまま白蓮を振り向いた。
「どうした、。太っちゃったのか?」
「……っ、」
「なーんて、実はな……!?」
にこにことイタズラっぽい笑みを浮かべていた白蓮は、ボロボロと泣き出したを前にぎょっと目を見開く。実は白蓮が悪戯心でこっそり体重計に片足を乗せたために表示された体重がとんでもないことになってしまったのだが、まさかが泣き出すとは思わなかったためわたわたと慌てていた。早いところ事実を説明して泣き止ませなければ、とを抱き締めた白蓮は、が嗚咽混じりに漏らした言葉にピタッと凍り付いた。
「どうしましょう、私、こんなでは、紅明さんに、嫌われて……!」
「……紅明?」
何故ここで紅明の名前が出てくるのか、どうしてお兄様呼びからさん付けになっているのか。何の察しもつけられないほど白蓮は鈍くもなく、白蓮はの頭を撫でながら深刻そうな声音を作って耳元で語りかけた。
「……しばらく、紅明に近寄らない方がいいかもしれないぞ、」
太ったと勘違いして泣く妹は愛らしくも不憫であるが、これも可愛い可愛い妹を従兄に取られないためである。びしっと硬直したを見下ろして仕方の無いことだと自身に言い聞かせた白蓮は、自分のイタズラがどんな結果を引き起こすのかまでは解っていなかった。
「紅明、少しいいか」
「? 何でしょう」
白雄に呼び止められて振り向いた紅明は、そこにいた隣家の面倒くさい男三人が揃って自分に敵意を向けているのを見てげんなりと表情を歪める。ギロリと紅明を睨み付けた白龍が、地を這うような声で言った。
「あなたのせいでがお菓子を食べなくなってしまったのですが、紅明殿」
「……はい?」
が菓子を食べなくなったことも初耳で、それと自分との関わりなど全く心当たりのない紅明は素っ頓狂な声を上げた。
「とぼけても無駄だぞ、紅明。お前のおかげで、どんな菓子を買ってきてもが泣きそうな顔でそっぽを向くんだ」
がテレビの前でソワソワしていた限定ケーキを買ってきても、ぐっと唇を噛み締めてジュダルたちに横流ししたのだと白雄は悔しそうに拳を握り締めた。それにうんうんと頷いた白龍が続いて口を開く。
「俺が腕によりをかけてパンケーキを作っても、フレンチトーストを作っても、どんなお菓子を作っても部屋に逃げ込んでしまうんですよ。白蓮兄上と全身全霊で共同製作したアフタヌーンティーのセットからすらも逃げられてしまったんです」
「はあ……」
むしろよくそんなものを作ったなと感心半分呆れ半分に生返事をした紅明に、白龍は目を吊り上げた。
「はあ、じゃないですよ紅明殿。がお菓子を食べないなんて異常事態、どうしてくれるんですか」
「どうもこうも……そもそも何故はお菓子を食べなくなったんですか」
「それはお前が一番よく知っているはずだが?」
「いえ、皆目見当がつきません。何か思い違いをされているのでは?」
「……どういうことだ、白蓮。お前は確かに紅明のせいだと言ったな」
「ええと、まあ、紅明のせいではあるんですけど……」
実は自分のイタズラが直接的な原因であるとは今更言えない空気だな、と白蓮は歯切れ悪く頭を掻く。それに訝しげに目を細めた白雄と白龍が、顔を見合わせた。
「兄上、とりあえず洗いざらい吐いていただけますか」
「お前がまたを泣かせたのではないだろうな」
「あ、あはは……」
白龍と白雄が敵意の標的を白蓮へと移し、白蓮は乾いた笑いを浮かべながらじり、と二人から距離を取る。私もう帰ってもいいですかね、と紅明が呟いた時にはもう、隣家の兄弟の壮絶な鬼ごっこは開始されていたのであった。
160502
ネタ提供:愛は愛にの現パロで、ヒロインが体重を測る時に、白蓮がふざけて片足をこっそり乗せたために、太ったと勘違いしたヒロインがダイエットに励む話