セクシーなのキュートなの、どっちがタイプかと聞かれれば、どちらもと答えるのが男の性かもしれない。女の子が自分の為に真剣に服を選んでいる姿には、グッとくるものがある。それが本当に自分の為に選んでくれているのではあれば、なおのこと良かったのだろうが。
「紅玉、そのスカートちょっと短すぎるんじゃない?」
「でもこの色、紅明お兄様が好きそうな色ですわぁ」
「確かにそうなんだけど、この間がミニスカにした時の話聞いたでしょ~? 明兄は露出少ない方が好みなのかも」
「セクシー路線よりもキュート路線なのですね、了解ですわぁ!」
 着る本人をそっちのけで熱く議論を交わす紅覇と紅玉は、軽く目を回しているにとっかえひっかえああでもないこうでもないと服を合わせている。どれも良く似合うのに、と思いつつ、アリババは自分の服を早々に決めてその様子を遠巻きに見ていた。
「俺はミニスカ派です」
「「黙れムッツリ」」
「ハイ」
 アリババの少しだけ下心を含んだ申し出は、仕事人と化した二人を前にあえなく却下された。
こちらの都合で連れてきたのに申し訳ないと目で訴えるに、アリババは温い笑顔で気にするなと首を横に振る。アリババがこの明らかに場違いな空間にいるのは、泣きそうな顔のに、物凄く丁寧に頭を下げられて偽装デートを頼まれたからである。が紅明に想いを寄せていることを知っていて、とは付き合いが幼馴染レベルまで旧くなく、なおかつの恋心をからかわない人間。『他の男性と楽しくしているところを見せて嫉妬させよう』という旨の雑誌を読んだに、紅覇及び白瑛が『案外うまくいくかもしれない』と発案した、紅明の気を引くための偽装デート。条件を満たす人間なら何人かいたが、紅覇曰く「彼女いなさそう」という理由でアリババに白羽の矢が立ったというわけである。お願いしますお願いしますと頼み込まれて引き受けたのは、決しての手作りお菓子が山と盛られたカゴを渡されたからではない。もし万が一を過剰に愛する恐ろしい兄たちにデート(仮)を目撃されようものなら、その時点でアリババのデッドエンドは確定だ。そのリスクを冒してでもに協力してやりたいと思うのは、兄には到底話せないだろう初恋を、純粋で幼気な恋心を、それこそ兄のように親身になって傍で聞いていたからだろう。
「ああ見えて明兄はけっこうに幻想抱いてるところがあるから、清楚系で固めた方がいいかも」
「なら、お化粧も控えめにしますわぁ」
「ていうか化粧はリップくらいにしといた方がいいんじゃない? 明兄、白龍並にそういうのうるさそう」
 正確に言うと紅明は化粧を嫌っているわけではなく、や紅玉が化粧をすると、その華やいだ姿にどこか気後れした様子を見せるだけなのだが。けれどこの場合それは同じことである。次の休日に紅明が珍しく自らの足で外出するという情報を掴んだ白瑛は、紅明の向かう本屋にとアリババを向かわせることを提案していた。が読書家であるというのは周知の事実であるし、彼女が紅明とそこで鉢合わせしたとて何ら不自然はない。『しっかりと見せつけてあげなさい』と、ここにはいない白瑛も熱く闘志を燃やしていた。
「アリババ、しっかりをエスコートしてよ~? だけどに手を出したら当然ただじゃおかないからねぇ」
ちゃんを頼んだわよぉ、アリババちゃん!」
 メラメラと気炎を上げて二人を送り出す紅覇と紅玉に、アリババはキリッと表情を引き締めてサムズアップをする。二人に何度も頭を下げてお礼を言ったがアリババを見上げた時の表情は、戦いに赴く覚悟をした者のそれだった。

(あ、いた。紅明さん)
 繋いでいる手を軽く引き、アリババはの注意を引く。安直ではあるが、手でも繋いでいた方がらしく見えるだろうという作戦の内だった。同意の上の偽装デートとはいえやはり元は兄の友人、友人の妹であるためどことなくぎこちない二人だったが、それが却って付き合いたての初々しさのようで自然であった。とアリババの視線の先には、ぼんやりとした表情で新刊を吟味する紅明。想い人の珍しい外行きの服装に目を惹かれただったが、今日ここに来た理由を思い出してキュッと拳を握り締める。アリババも、覚悟を決めたようにごくりと唾を飲み込んだ。前もって白瑛に指示されていた通り、紅明の視界に入る棚の前に向かう。並んだ本を前に、アリババは『本好きな彼女が本を選ぶのに付き合う彼氏』を装って口を開いた。
「…………?」
 ふと、耳に届いた声に紅明は顔を上げる。あまり周囲のことを気にかけない紅明ではあるが、それらとは何か違う声が聞こえた気がして、辺りを見回した。斜め前ほどの書棚に、すぐに違和感の元は見つかる。そこにいたのは小綺麗だが華のある装いの従妹と、その手を取ってにこやかに笑いかけている従兄妹たちの友人。紅でも蒼でもないその眩しい金色が大切な従妹に寄り添っている光景に、思わずカッと喉元が熱くなるのを感じて紅明は眉を顰めた。元々ギラギラしているだとか沸点が低いだとか言われるのは兄弟従兄弟共通のことだが、紅明は今自分が憤りにも似た感情を抱いた理由が疎ましかった。烏滸がましい、そんな怒りを抱く立場ではない、そう自身に言い聞かせても、それは収まってくれない。むしろ、の好みとはかけ離れた本ばかり呑気に勧めるアリババに、苛立ちは募る一方で。
 ――自分の方が、
 そんな考えさえ浮かんだことに、紅明は舌打ちさえしたくなる。何をひとりで張り合っているのかと、苦々しい気持ちが胸に広がった。それでも、アリババの隣にいるから目を離せない。緊張したように肩は強ばっているが、それでも柔らかい笑みを浮かべてアリババに応えている。兄姉でも従兄姉でもない人間の隣にいるを見ているのはどうしてかとても座りが悪く、同時にがもう小さく柔らかい、ふくふくとした椛のような手のひらを持つ幼子ではないことを思い知らされる。は日々少女から大人へと渡る橋を歩いているのに、紅明にはいつまでもが一緒に昼寝をしていた頃の小さな女の子のように思えていたのだ。
「っ、」
 その今は白くたおやかな手のひらが、アリババの手の中にあるのを見て紅明の中でぶつんと何かが切れる音がした。手に取っていた本をやや乱雑に棚に押し込むと、ツカツカといつにない速い歩調で二人の元へと向かう。振り向いたもアリババも驚いたような決まり悪げな表情を浮かべるのもお構いなしに、紅明はアリババの手を払い除けての手を取った。そして、攫うようにその場から歩き出す。たたらを踏んだの慌てたような声が耳に届いたが、紅明はぎゅっとの手を握り締めると振り向きもせずにスタスタと店の外へ歩いて行く。待ってくださいよというアリババの声も聞こえたが、紅明はそれを完全に無視した。繋いだ手をぐいっと引っ張って、アリババを置いて店を出る。
(何をしているのだか)
 自嘲にも似た溜め息を吐いて、紅明は繋いだ手を見下ろす。小さな脆い手は、それでももうあの幼子のそれではなかった。アリババと並ぶを見ていて、はっきり解った。は恋に恋する少女ではない。アリババに対してはあくまでも兄を間に挟んだ友人関係しかなく、その瞳には穏やかな親愛だけが浮かべられていて。あの日の瞳の中で溶け合って輝いていた憧憬と慕情と、少し恐れと期待。あれはまさしく自分だけに向けられていたのだったと、目を逸らしていた現実を突きつけられた。
「紅明、お兄様……?」
 動揺したが、ここ最近の呼び方も忘れて紅明を呼ぶ。こうなった以上、もう逃げ続けることはできない。可愛らしい従妹の想いへの答えをはぐらかすのはもう止めにしようと、紅明はの手を引いて家路に着くのだった。
 
170309
フリリク:
愛は愛にの現パロで、ヒロインが紅明を振り向かせようと考えていたところ、たまたま読んだ雑誌に「他の男性と付き合ってるところを見たら嫉妬する」とあったので、アリババに頼み込んで仮の恋人同士になる話
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