「ぶーす」
何を言われたのか理解するよりも早く、隣にいた白蓮が言葉を発した少年の頭をはたいていた。何事か文句を言った少年がずいっと進み出て、白龍の後ろに隠れていたの腕をぐいっと掴む。先程の言葉に傷付いたのもあり、怯えて涙目になったに、少年は満足げに笑って言った。
「こいつ、昨日猫に食われてた弱っちい鳥にそっくりだ」
その日以来、はずっと紅と黒の少年のことが苦手でいる。
「、来いよ。遊ぼうぜ」
しかし不幸なことに、少年――ジュダルの方は、をいたく気に入ったようだった。咄嗟に逃げようとしたの髪を引っ張り、痛みに涙をこぼしたの顔を覗き込んでにんまりと笑う。
「逃げんなよ、」
「は、離してください、神官殿……」
無邪気な笑みを浮かべたジュダルが、にとっては怖くて怖くて仕方ない。この子供らしい笑顔から溢れ出る加虐心は、初めて出会ったその日から数え切れないほどを傷付けていた。ジュダルに連れ回されるのはにとっては楽しいどころか辛いことばかりで、を虐めて笑いものにしたり、小さな生き物に残酷なことをしたり、がどれだけ嫌がっても聞き入れてなどくれないのだ。母や兄姉が気付けば守ってくれるが、賢しく狡猾な子どもであるジュダルは周りの人間の目を掻い潜っての元へとやってくる。
「あの、神官殿、」
一緒に遊びたくないと、嫌なものは嫌だと言わなければ。兄姉たちの教えを心の支えにジュダルの手を振りほどこうとしただったが、そんな抵抗など知ったことではないと言わんばかりにジュダルはを引きずっていく。
「面白いもん見つけたから、特別にお前に見せてやるよ」
お前だけだぞ、そう言って笑うジュダルは、やはりにとってはただ恐怖の対象だった。
「ほら、お前こういうの好きなんだろ?」
「…………、」
ジュダルに連れられてやって来たのは、色とりどりの花が咲き誇る静かな庭で。そこで舞うように飛び交っている蝶々たちを指して、ジュダルは得意げに笑った。隣にジュダルがいるということに緊張を隠せないも、綺麗な蝶がひらひらと舞う姿を見て眦を緩める。けれど、花の上で羽を休めている蝶にジュダルが手を伸ばしたのを見て、はビクッと肩を震わせて制止の声を上げようとした。
「神官殿、」
「なんだよ?」
が危惧したことは起きず、ジュダルは蝶を手に持ったままを振り返る。無辜の命を握り潰したり燃やそうとしたりしなかったことに胸を撫で下ろしたは、目の前で平然とジュダルが手の中の蝶の羽をもぎ取ったことに目を見開いて凍り付いた。
「……あ、」
バラバラと、綺麗だった蝶の羽がちぎられて地面に散らばっていく。楽しそうにケラケラと笑いながら、ジュダルは四枚の羽を全てもぎ取って無数の欠片に千切り落とした。カタカタと震えるの前で、羽をなくした蝶の胴体がぽいっと地面に投げ捨てられる。すぐに別の獲物を探してきょろきょろと辺りを見回し始めたジュダルに、はボロボロと泣きながら縋り付いた。
「やめ、てください、やめてください、神官殿、そんなひどいこと、」
「? ひどいって、何がだよ」
綺麗だっただろ? と首を傾げるジュダルは、本気でがジュダルと同じ愉しさを共有していると思っているのだろうか。にそれを知るすべはなく、ただこれ以上ジュダルが蝶を無残に殺すことのないようにと、ぎゅうっとジュダルにしがみつく。
「……じゃあ、鬼ごっこしようぜ。が鬼だからな」
どこかつまらなさそうに別の遊びを言い出したジュダルに、はこくこくと頷く。ジュダルより足の遅いは一度鬼になったらジュダルが飽きてくれるまでずっと走り回ることになるのだが、それよりも千切られていく羽の欠片を見ている方が辛かった。ジュダルはいつもそうだ。可憐な花も、美しい小鳥も、皆の前でバラバラに壊してしまう。そうやって、心底楽しそうに笑うのだ。そんなジュダルが怖くて恐ろしくて、一緒にいると嫌な思いしかしないのに、ジュダルはいつもを連れ回したがる。
「…………」
私、ジュダル殿が嫌いです。そう言えたならどんなにか良かっただろうに、恐怖とは別の感情から、いつもはそれを言えずにいるのだった。
160529