「外の国に行きたい?」
 したいことは無いのかと聞かれ、少し気恥ずかしそうに答えたに、ジュダルはぱちぱちと瞬きをした。
「はい、紅明お義兄様や瑛姉様がいろんなところのお話をしてくださるんです。いつかはこの目で見てみたいと思って……」
「無理だろ」
 はにかんで笑うの表情は、ジュダルの言葉に凍り付いた。
「お前戦争もできねーし嫁にも行けねーのに、何しに外なんて行くんだよ?」
「……留学、とか……」
「何にもできない皇女を留学になんか出してどーすんだよ。金の無駄とか言われて終わりだぜ、どーせ」
「…………そう、ですね」
「どうしてもって言うんなら、俺が外に連れってってやってもいいけど?」
「えっと……いい、です。ご迷惑でしょうし……」
 てっきり喜んで頷くと思っていたが遠慮がちに首を振ったことに、ジュダルはつまらなさそうに唇を尖らせる。何だよ、とジュダルがの頭をはたいた拍子にぽろっと髪飾りが外れ、綺麗な花飾りが地面に転がった。
「あ……」
 悲しそうな表情をして髪飾りに手を伸ばしたが何故かジュダルの神経を逆撫でして、ジュダルはが拾い上げようとした髪飾りを踏み付ける。パキリと鳴った音は、ジュダルの足の下で髪飾りが壊れたことを示していた。だんだんと何度か踏み付けて足を退けたジュダルを、呆然と見ていたはぷるぷると震えながら壊れた髪飾りに手を伸ばす。汚れた残骸をそっと両手で包み込んだは、それをぎゅっと握り締めてぽろぽろと泣き出した。
「…………、」
「それくらいで泣くなよ、また玉艶か誰かに頼んで貰えばいいだろ」
「……紅玉お義姉様が、仲良しの印にと……くださったものなんです……」
 胸元に壊れた髪飾りを抱き寄せて泣くは、優しい義姉がくれたものを壊してしまったことをひどく悲しんでいた。その背中がジュダルを責めているように思えて、ジュダルはイライラと足を踏み鳴らす。苛立ちに任せて突き飛ばしたは、それでも紅玉からもらった髪飾りを握り締めて泣いていた。

ちゃんの好きそうな髪飾り?」
「あいつトロくせえから、お前からもらったやつ壊して泣いてたんだよ。なんか代わりになりそうなの持ってねえ?」
「……どうせジュダルちゃんが壊したんでしょう」
 じとーっとした目でジュダルの言葉に隠れた嘘を見抜きながらも、こうして自分で代わりの髪飾りをもらいに来ただけを気遣う気持ちはあるのか、と紅玉は溜め息を吐く。自分によく懐いてくれている可愛い義妹に贈った髪飾りを壊されたことへの憤りは確かにあったが、それよりも泣いているを励ましたい気持ちから紅玉はジュダルを怒鳴りつけたい気持ちを抑えて化粧箱を手に取った。
「ジュダルちゃんはどんなのがいいと思うの?」
「あ? お前が選べよ。俺そういうのわかんねーし」
「バカねぇ、きちんとジュダルちゃんが考えて選んだ方が謝りたい気持ちが伝わるわよ」
「だからそーいうのじゃねえって!」
 なんで俺がに謝るんだよ、とぶつぶつ言うジュダルを引っ張り、紅玉はジュダルの前にいくつも髪飾りを並べていく。ジュダルがやる気なさげに手に取った髪飾りに派手過ぎるとダメ出しをした紅玉に、ジュダルはイラッと表情を歪めた。
「俺が選んでも文句言うなら、お前が選べよ」
「ちゃんと選びなさいって言ってるのよぉ。自分がいろいろ考えて選んだものをちゃんがずっと付けていてくれたら、ジュダルちゃんだって嬉しいでしょう?」
「……そーかよ」
「そういうものよぉ」
「しょーがねーなー……」
 紅玉の言葉にやる気を出して、ジュダルはさっと一瞥だけした髪飾りをひとつひとつ真剣に見ていく。その中のひとつの、淡い桜色の花を象った髪飾りをジュダルは手に取った。
「…………」
 白にうっすらと色づく桜色が、笑った時にの頬を彩る色と重なって。これをジュダルが選んだと言って渡したら、は頬に桜色を浮かべてくれるだろうかとジュダルはぼんやりと思った。
「これくれ、ババア」
「ババアなんて言うならあげないわよぉ!」
 少女に向けるものではない呼称に憤った紅玉が、でもジュダルちゃんにしてはいい趣味ね、と肩をすくめる。はやく渡してきてあげたら、と急かす紅玉に、うるせーなババアと言い返しながらもジュダルは踵を返した。

「…………!」
 機嫌よさげに歩いていたジュダルは、探していたの姿を見つけてパッと表情を明るくする。こちらに背を向けているに何かイタズラでもして驚かせよう、その後にでも髪飾りを渡したら喜ぶだろうと足を早めたジュダルの伸ばした手が、ぴしりと固まった。
「ありがとうございます、龍兄様……!」
 白龍が、の髪を優しく撫でている。青みがかった黒のさらさらした髪には、銀と青の繊細な細工が施された髪飾りが輝いていて。その髪飾りにそっと手を当てて嬉しそうに微笑むの頬は、ジュダルが手にしている髪飾りの花と同じ桜色に色付いていた。
「よく似合っている、。可愛いな」
 白龍が微笑みながら言うその言葉は、ジュダルが言ってやりたかった言葉だったのに。白龍から髪飾りをもらって、白龍の言葉で幸せそうに微笑むに、どす黒い感情が胸の奥に湧き上がって。手の中の脆い髪飾りを、ジュダルはぐしゃりと握り潰した。
 
160612
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