幼い頃、ジュダルは玉艶に訊いたことがあった。の将来はどうなるのかと。それはきっと、ジュダル本人は認めないだろうが、をジュダルなりに心配してのことだったのだろう。
父も兄も喪い、白龍は自分を助けたために生死の境をさ迷い、姉と母は涙をこらえて気丈に笑ってみせる。哀しみと無力感でずっと泣いてばかりいるは、どうしてだか気に入らなかった。そんなジュダルに、玉艶はにっこりと微笑んで言ったのだった。
は将来、お嫁さんになるのよ」
「嫁?」
「ええ、誰か素敵な相手を見つけて、とても綺麗な花嫁になって、可愛い子どもを産んで幸せに生きるのよ」
「……ふーん」
 幸せな花嫁。が誰かに恋をして、愛し合って、結婚をして、子どもを産んで。
(誰、と?)
 ジュダルの頭の中で、ふいに声が木霊する。は、誰に恋をして、誰と愛し合って、誰と結婚して、誰の子どもを産むのだろう?
 ジュダルの瞳には、仲睦まじい兄妹の姿が映っていた。が風邪を引いて寝込んでいると聞いて、顔でも出してやるかと足を運んだけれど、はジュダルの前ではすっかり見せなくなったほわほわとした笑みを浮かべていて、ジュダルは思わず視線を逸らす。久々に見たの笑顔に、何故か胸が痛んだ気がしたのが悔しいような、苛立つような気持ちだった。甲斐甲斐しくの額の布を替えてやったり水を飲ませてやったりしている白龍は、の好きな「やさしいひと」だ。の枕元に置かれている本も、「やさしい」紅明がを心配して持ってきたもので、たくさんの果物や水菓子も、「やさしい」紅覇たちが持ってきたものだ。泣き虫で臆病なは「やさしいひと」が大好きで、の周りには「やさしいひと」がたくさんいる。けれどジュダルはにとって「やさしいひと」ではなく、それをジュダルも自覚していた。そして、自分はどうしてもにとっての「やさしいひと」にはなれないことも。
、俺はしばらく離れるが……ゆっくり休んでくれ。何かあったらすぐ人を呼ぶんだぞ」
「はい、ありがとうございます、龍兄様」
 熱で赤くなったの頬を撫でて、白龍が慈しみに溢れた瞳で微笑む。近付いてくる白龍の気配に、ジュダルは反射的に扉の影に隠れた。今回が風邪を引いたのはジュダルが雨の中を連れ回したからで、ジュダルを見れば白龍が文句を言ってくるのは確実だったからだ。自分のせいかもしれないという思いはジュダルの中にもあったが、それを他人に指摘されてしまえば余計に頑なになってしまいそうだった。
「……よお、
 白龍が去ったのを確認して、ジュダルは部屋の中に顔を覗かせる。一言くらい謝ってやってもいいか、そんな気持ちはジュダルの姿を見て怯えたように肩を揺らしたを見てどこかへと吹き飛んでしまった。藍色の瞳が震えたことに苛立って、ツカツカと歩み寄るジュダルを前にの顔からあのほわほわとした笑顔は消えている。白龍に頬を撫でられてはにかんでいたが、ジュダルに肩を掴まれてサッと血の気を引かせたことが、なおさらジュダルの神経を逆撫でした。
「……お前、そんなに白龍がいいのかよ」
「え、」
 唐突なジュダルの言葉に、ははくはくと口を開閉させるだけで何も答えない。その態度がジュダルの問いを肯定しているような気がして、ジュダルは舌打ちをした。
「そんなに白龍がいいのかって、訊いてんだろ!」
 グッとの肩を掴んで揺さぶれば、怯えたの押し殺した悲鳴が上がる。強く掴んだ拍子にするっと薄い寝間着の肩が滑って、剥き出しになった白く細い肩がやけにジュダルの目を惹いた。
「……?」
 急に静かになったジュダルに、おそるおそるが瞑っていた目を開く。その潤んだ瞳が、熱で上気した頬が、晒された肌を見てジュダルの中に湧き上がった仄暗い感情を煽って。
パサッと布の落ちる音に、が目を見開いた。ジュダルに帯を奪われて寝間着の肩を落とされたのだと理解した時にはもう、勢いよく押し倒された衝撃が頭をグラッと苛んでいて。
「し、神官殿、何を、なさるんですか、っ!?」
 乱暴に脱がされていく寝間着を必死に押さえて抵抗するの頬を、バチンとジュダルが打つ。まだ成長し切っていない華奢な体に跨って、ジュダルはを冷たい目で見下ろしていた。
(誰の、なんて)
 自分のものに決まっている。が誰と恋をして、愛し合って、結婚して、子どもを産んで、そんなことはどうでもいい。は、ジュダルの所有物だ。その他には何もない。
「やっ……!?」
 まだ男性経験どころか初潮すら迎えていないは、無遠慮に体を触りだしたジュダルに手足をばたつかせて抵抗しようとする。けれどもう一度頬を叩かれ、両手を強く押さえつけられて、は呆然と涙を流しながらジュダルを見上げていた。
「黙ってろよ、
 自分がこれから何をされるのかもわからず、ただ混乱と恐慌の渦中にあるにジュダルは騒ぐなとだけ告げる。ただただジュダルへの恐怖しか映さない瞳にまた舌打ちをして、ジュダルはの唇に乱暴に噛み付いた。
 
160619
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