ぱちり。目を開ける。唐突に黒の幕が切れたような、そんな目覚めだった。
ぼやける視界に映る、顔が二つ。誰だろう。きっと知らない人だ。けれど、違う。きっと知っている人だ。見覚えがあるのに、知らない人。
当初は硬直していた二人の表情は、やがてわなわなと震え出す。その瞳が揺らいで、涙が浮かんでいることに気付いた。けれどその顔を彩る感情は嘆きではなくてむしろ正反対。奇跡を目の当たりにしたら、きっと自分もこんな顔をするのかもしれないと、そう思う。顔いっぱいに喜びの色を湛えた少年と女性の瞳から、ぽたりと涙がこぼれて。
「「ねえさま!!」」
 痛いほどの力で、の体を抱き締めた。

「……白瑛が、二十一歳」
「そうですよ、姉様」
「白瑛が、二十一歳」
「ふふ、そんなに繰り返して、よほど驚かれたのですね」
「白瑛が、二十一歳……」
「俺は十六歳になりましたよ、姉様」
「白龍が、十六歳……!?」
 それでは自分は一体何歳になったのだと、思わず考えそうになったは思考を止めた。ざっと十年、十年も自分は寝こけていたというのか。自分が二十一歳だったのが、まるで昨日のことのようだ。実際問題、体感的には「昨日」のことなのだが。
「一体どうして、こんなことに……ああ、白雄に寝過ぎだって怒られてしまいます……それか白蓮に笑われてしまうかも……」
「…………」
「…………」
「? どうしたのですか? 白龍も、白瑛も。も、もしかして白雄、すごく怒ってるのですか? また折檻だって言ってます?」
「……姉様」
 優しくも厳しい弟の怒りを恐れて怯えるに、暗い表情を浮かべた白瑛が声をかける。姉の火傷だらけの手を握り締めて、掠れた声で白瑛は告げた。
「兄上たちは……お亡くなりになられたんです」
 その言葉は、氷のようにの心に冷たく突き刺さった。曖昧だった記憶が、一気に頭の奥底から蘇る。
燃え上がる宮。戻らない弟たち。無我夢中で炎の海に駆け込んだを襲った、白橙の爆風。ぶつりと、の記憶はそこから途切れている。ヒュッと、乾いた喉が空気を呑み込んだ。自分は、どうして生きているのか。あの規模の爆発に巻き込まれたのだ。これが奇跡だと言うのなら、どうして弟たちにその恩寵は与えられなかったのか。カタカタと、の体が震える。視界がはっきりしないのは、寝起きだからなのだと思っていたけれど、違う。十年も昏睡するほどの火傷を負って、何の後遺症も残らないわけがない。きっとの瞳は、あの劫火の眩しさに光を呑まれてしまったのだ。おそるおそる、自分と同じく炎の中で生き残った弟に手を伸ばす。優しくの手を握り返した白龍の顔をそっと引き寄せて、よくよく顔を近付けて見てみれば、その顔から首筋にかけて、痛々しい火傷痕が残っていて。幼く柔らかかった可愛らしい末の弟は、大きな傷痕のある顔に憂いを帯びた表情を浮かべる、どことなく白雄に似た凛々しい少年へと成長してしまっていた。
「……白龍、」
「はい、姉様」
「白龍……白瑛、わたし、私は……」
「大丈夫ですよ、姉様。私たちがついていますから」
 泣きそうな顔をするの頬を、優しく撫でる白瑛。の体をすっぽり包んで抱き締めてしまえるほどに成長した妹の体温は、哀しいほどに温かい。
「白雄も、白蓮も、死んでしまったのですか……? どうして……どうしてあの子たちが……」
 火傷跡の残る両手で顔を覆い、は弟たちの夭逝を嘆く。そんなに、白龍と白瑛は繰り返し、が目覚めてくれて本当に嬉しいのだと、が生きていてくれただけで幸せなのだと、どこまでも優しい声で語りかける。はらはらと涙を零して泣く美しい姉は、大火の日から時を止めたように何一つ成長していない。母が繰り返しを癒すためにかけていた魔法の作用のひとつなのか、それとも他の要因があるのか。優しく自分たちを包み込んでいてくれた慈愛に溢れた長姉は、成長した今になって抱き締めるとあまりに小さくか弱く、脆く美しいいきもので。守らねば、と思う。自分たちがこの、美しく弱いひとを、大切に大切に守り通さねばと。
愛おしい姉は、全身が火傷に覆われてもなお綺麗で、まっさらで。色素の薄くなった瞳も、危ういまでに肉の落ちてしまった体も、儚い印象ばかりを白龍たちに与えて。炎の彼方から戻ってきた、彼らの優しい日々の忘れ形見。自分たちの手で守り慈しもうと、白龍も白瑛も強く思うのだった。
 
161206
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