「……、姉様」
の見舞いにやってきた紅明は、思わず戸惑うような声を上げた。紅明の声に応えてこちらを見たの穏やかな瞳に、安堵を覚えて息を吐く。
「紅明、ですか? いつもありがとうございます」
「いえ、私が好きでしていることですから」
紅明の視界に映るのは、人目もはばからずにの手を握り締め頬擦りをしている白瑛の姿だった。紅明の存在に気付いているはずなのだが、歯牙にもかけずに姉を愛でる活動に勤しんでいた。
寝台の上で上体だけ起こしているに近付き、白瑛とは反対側に腰掛ける。幼い頃の憧れの人は、痛々しい火傷跡に覆われていてもなお美しかった。自身は見苦しいから、と包帯を巻こうとしていたらしいが、それを止めてくれた彼女の弟妹に感謝すらしたい気持ちもある。
「今日は、どのようなご用向きですか?」
戦が近付き慌しい中、紅明がただの見舞いのためにやってこれるほど暇ではないことを知っているのだろう。相変わらず聡い人だと、時には白雄すら敵わなかった鋭さに紅明は苦笑を浮かべる。
「提案が、ありまして」
「?」
「禁城を離れ、静養されませんか? 私の領地に、療養に向いた静かな土地があるんです。自然豊かな谷で、住む人々の人柄も穏やかな場所です」
「まあ、それは素敵ですね。喜んで――」
「だめです、いけません、姉様」
顔の前で手を合わせて瞳を輝かせたを、ぐいっと白瑛が抱き寄せる。ぱちぱちと不思議そうに目を瞬かせたに見えないように、白瑛はキッと紅明を睨み付けた。どうせ姉を厄介払いするつもりだろう、と言いたげな憤りに燃えた瞳が、紅明をたじろがせる。
「紅明殿の領地に行ってしまわれては、私も白龍も姉様に中々会えなくなってしまいます。ましてや白龍は、私よりもっと城の外に出られないのです。私たち、寂しくて死んでしまいます」
「あら、まあ……」
ぐりぐりと姉の腕に頭を押し付け、駄々をこねるように縋る妹には眉を下げる。自分が城にいても邪魔だろうと、例え紅明が本当にを厄介払いするつもりであっても受け入れるつもりでいたは困ったように眉を下げた。とて可愛い弟妹に会えなくなるのは寂しい。それは自分だけの我儘だと思っていたのだが、この様子だと徹底的に食い下がりかねない。
「白瑛殿……お気持ちはわかりますが、戦ばかりで慌しい禁城にいては、姉様も休まらないのではと思うのです」
「そうやって、姉様を誰も知り合いのいない土地に放り出すのですか? 紅明殿だって、そう頻繁に姉様に会いに行かれないのでしょう? お忙しい方ですから。それなら、身内の多い禁城の方が心穏やかに過ごせると思います」
「白瑛……、」
「そもそも姉様のお体は普通の病気のように、いつ治るといった保証もないのです。それを静養などと言って……まるで、姉様を城から追い出したいだけのように聞こえます」
「っ、白瑛殿、決してそのようなことは、」
「白瑛、いけませんよ。紅明は私を気遣ってくれているのですから、そのように心無いことを言っては」
悲しそうに花のようなかんばせを曇らせて、は白瑛を窘める。自分たちの手の出しにくいところに姉を閉じ込めるつもりだと紅明に敵愾心を剥き出しにしていた白瑛だったが、最愛の姉に悲しい顔をさせてしまったことに口を噤む。とはいえ姉を城から出すことも許容するわけにいかず、白瑛はぎゅうっとの腕にしがみついた。普段大人びた態度の妹がこのように自分の欲求を表に出すのは珍しく、無理をさせてしまっているのだな、とは自らの不甲斐なさに唇を噛み締める。そんな姉妹の様子を見て、紅明はそれ以上に静養を勧めることはできなかった。
「……では、せめて部屋を移しましょう。もっと日当たりの良くて、窓からの景観も良い部屋に」
「はい、お気遣いありがとうございます。 ……何かと面倒をおかけして、申し訳ありません」
「いえ、お気になさらないでください。姉様が良いと思う場所で療養されるのが、一番ですから」
にこりと穏やかな笑みを浮かべ、紅明は立ち上がる。本当に忙しいのだろう。自分のために時間を割かせてしまって申し訳なかったと、紅明を見送ったは俯いた。
「……白瑛。私、どうしたら良いのでしょう」
「姉様?」
「私、きっと一生上手く歩けないままなんです。こればかりは、魔法でもどうにもなりませんでした。目も、足も……それに、子どもも望めない体で、こんな、火傷だらけで……私に果たせる務めなんてもう何も無いとしたら、私はどうやって生きていけばいいのでしょう」
「……姉様」
姉は、高潔な人だ。白百合のような姉は、例え手折られても弟妹に頼り切って生きていくことなどできない人だと、白瑛は知っている。だからこそ、無責任に大丈夫だと告げることはできなかった。
「魔力炉としての能力だって、戦に行けないのなら……、」
役に立たない、と言おうとして、はハッとしたように口元を押さえた。妹の前で、こんなふうに弱音ばかり吐いてはいけない。白雄と白蓮が死に、が目覚めない中、白瑛はずっと白龍の姉として自身に強くあれと言い聞かせていたに違いないのだから。は白瑛の姉として、白瑛の十年間の努力に報いなければ。
何でもないんです、と笑顔を作り、は白瑛の髪を撫でる。どこか不安げにを見上げていた白瑛だったが、優しい姉の手を享受して瞼を閉じるのだった。
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