三年と少し、前のことだ。
庭の生垣に隠れて、と白龍はキスをした。
ふたりを呼ぶ声に顔を見合わせて、照れ笑いを浮かべて。
それは夏のことだった。
暑くて短い夏だった。ただ、毎日が楽しくて、明日は明るくて。
幼い恋だった。ただ互いがいれば満たされた。幸せな、恋だった。
「考えごとか、」
「あっ、りゅうにいさま……っ、」
ぐり、と奥を突かれる。そこから腰へと、腰から背中へと、ぞわぞわとする何かが駆けていく。
何度体を重ねても、もっと、まだ足りない、と求め続けるオメガの本能がひどく浅ましく思えて、は目尻に涙を浮かべた。その雫がこぼれ落ちる前に、白龍がの目元へと口を寄せて舌で涙を掬いとる。
「もっ、やです、わたし……オメガっ、なんて、やです、」
中を抉られるような突き上げが気持ちよくて、それがどうしようもなく嫌になる。幼子が泣きじゃくるようにただ気持ちを吐き出せば、白龍がふ、と笑うのが空気で伝わった。
「……俺は、お前がオメガでよかったと、思うがな」
暑い夏の夜だった。
白龍とキスをした日の夜、眠るの上に覆い被さる影があった。息苦しさに目を覚ましたの、目の前にいたのは白雄で。
白龍とのキスの痕跡を塗り潰すように唇を食む白雄に、抵抗したの腕はあまりにあっけなく押さえ付けられて、口腔内を好きなように荒らされて。息も絶えだえにどういうことかと問いかけるを、行為の意味など知るはずもない幼いを、白雄は犯した。
白雄は熱に浮かされたような目をしていた。乾いたそこを撫でて笑うと、濡れてるはずもないか、と呟いて口をそこに近付けて。
初潮を迎えたばかりのの体が、第二次性徴をとっくに終えた白雄を受け入れられるわけもないというのに、それを責めるように白雄はのそこが唾液とも愛液ともつかない液体でぐちゃぐちゃになるまで舌で苛んだ。
わけもわからずにただ痙攣を繰り返すを見下ろすと、優しく笑って白雄は言ったのだ。これでもう、お前は白龍とは結ばれないな、と。その言葉の意味をが理解する前に、白雄は小さいそこに自身を捩じ込んだ。
痛くて、苦しくて、それでも背筋を走る感覚があって。
はただ泣いた。行為の意味など知らなかったが、それがいけないことだということだけは判って、ただ泣いた。
「なぜ、ですか……っぁ、わたし、」
「はっ……兄上にも、邪魔されない、唯一の契りを結べるっ、だろう?」
白龍の指がのうなじを滑る。
番のことを言っているのだと、はぼんやりする頭で思った。
が白雄にされたことの意味を知ったのは、はじめてヒートを迎えた日のことだ。はヒートが来るのが普通のオメガよりも些か早かった。通常は十代後半で訪れるはずのヒートが、中学を卒業するよりも前に訪れた。
なんの予防策も取れないままに襲ってきたヒートは、一番近くにいた白龍へと強くフェロモンを発して。アルファとしての本能に抗うことなく、白龍はを押し倒した。
顔を真っ赤にして行為の意味を問うに、白龍は性交がどういうものかを教えて、そうして今度は顔を青ざめさせたから、白龍へとその意味が伝えられた。
「りゅうにいさま、は」
「何だ?」
「わたしを、番に……っ、してくださっ、ぅんっ、です、か?」
不可抗力だった。犯された。けれど、愛しい人以外には許してはいけないはずのそれを、白龍へと捧げられるべきだった処女を、白雄へと明け渡してしまった。はそれを白龍への裏切りだと嘆いた。長兄に壊された初恋を、その欠片を拾い上げることを躊躇った。
「……」
「あっ、やあっ!」
白龍がの首筋へと噛み付く。腰をのそこへと何度も打ち付けながら、白龍はへと囁いた。
「俺の番は、お前だけだ」
あの時白龍が受けた衝撃はあまりに大きかった。目の前が真っ暗になるかと思ったほどだった。愛しい愛しい妹が、思いを通わせていたはずのが、既に兄の手によって純潔を奪われていたなどと、信じたくなかった。血の気を無くした顔で謝罪を繰り返すに罪などあるわけがなかった。行為の意味も知らないが、白雄に強いられた無体を誰に言えるはずもなかったのは当たり前のことだ。
けれど、のはじめてを奪ったのが白龍ではなく白雄だったというのは紛れもない事実で。
その事実に打ちのめされた白龍を救ったのは、がオメガであるということだった。不意打ちのように訪れたヒートによって、図らずもそれぞれアルファとオメガであることが発覚した白龍とだったが、それが白龍にとっての光明となった。
アルファとオメガは番になれる。バースによって結ばれる、誰にも侵されない絶対の関係。結んでしまえば白雄さえどうにもできない、不可侵の関係。
番にさえ、なってしまえば。その思いで押し倒したへとキスをして、甘い香りのようなフェロモンに抗うこともなく、夢中になって行為を進めた。たとえはじめてでなくとも、愛しい妹と体を重ねた幸福感は言いようもないほどだった。その勢いのままにうなじに噛み付こうとした白龍を、寸前で止めたのは白雄で。
を犯されたことにも、番を結ぶ直前で邪魔されたことにも怒り心頭の白龍に、夏の日の夜のトラウマに震えるに、白雄は番関係のリスクを説き、将来のことも考えろと叱った。
今は互いのことを思っていようとも、数年後もそうであるとは限らないと。そうなった時に、お前たちは番になったことを後悔しないのかと。
番は一度結べばオメガからは解消できない。アルファから無理矢理引き剥がすことはできるが、それはオメガに大きな負担を強いることになり、そのままホルモンバランスを崩して死にまで追い込まれるオメガもいる。運良く生き残っても、その後は二度と誰とも番を結ぶことはできずに、フェロモンを垂れ流したまま生きることになる。
白雄はそれらの理由から、玉艶たちをも味方に引き込んで白龍とが成人するまで番を結ぶのを禁止させた。それどころか、抑制剤が合わないからと、白龍ひとりでは双方とも負担が大きいからと、熱に浮かされて番を結びかねないからと、尤もらしい理由をつけてを家族で回すような真似をして。が思い出したがらないからと、白雄が幼いを犯したことを誰にも言わずにいるのをいいことに、昔の凶行に知らん顔をして。
ヒートが来れば否応なしに性交を求めてしまうを、嬉々として抱く白雄や玉艶に、白龍はどれほどの怒りを嚥下したことだろう。かわいそうなオメガの妹を、親切心や兄弟愛らしきものから抱く白蓮や白瑛に、どれほどの嫉妬を抱えたことだろう。
けれど、は白龍のものだった。ヒートの度に白龍に謝り続けるは、その心は白龍のものだ。
白雄がそれを面白くなく思っているのも、を抱く度に白龍の痕跡を消して上塗りするようなことをに強要しているのも、正常な判断力を奪われたがそれに従ってしまっていることも知っている。
それでも、の心は白龍だけのものだ。
が中出しを嫌がるのも、妊娠を恐れるのも、白雄がを犯した日にを脅したからなのだ。「子供ができてしまえば、は俺と結婚しなければならないな」と。中に出されてしまえば白龍といられなくなると思い込んでしまったは、白龍も含めて一緒くたに中出しを嫌がるようになってしまったが、それも白龍への慕情の証だと思えば腹も立たなかった。ただ嬉しかった。
「あっ、あ、りゅ、うにいさまぁ……っ!」
上ずったの声が、限界を伝える。きゅっと締まった狭い膣に、白龍は眉間にしわを寄せた。
「っ、出すぞ、」
「ゃ、ああっ!!」
ピルを飲んでいることは知っている。今のには中出しそのものが恐怖であることも知っている。けれど、どうしても中に出したかった。
「は、あ……」
今日は学校が休みだから、朝からずっと行為を続けていた。自分が出した精液でぽっこり膨れた下腹部を、白龍はそっと撫でる。
(孕めばいいのに)
そうすれば、と結婚できるのだろう。そう白雄を笑ってやりたかった。
150608