「龍兄様、相談があるんです」
「相談? どうした、何でも言ってみろ」
「私、独り立ちを目指そうと思います」
翌日の朝白龍が食後のお茶を淹れていると、がぐっと拳を握って意気込んだ。の発言に、白龍はぴしりと固まる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……却下する」
「却下です!?」
大量の三点リーダの後、ニコリと微笑んで白龍がにべもなくの決意を打ち砕いた。思わず椅子から立ち上がってしまったを、お茶の用意が終わった白龍が優しく肩を押さえて座らせる。これを飲んで落ち着くといい、と出されたのはカモミールのハーブティーで、勧められるままにはそれを口に含む。温かく優しい香りにおいしいです、と和んだだったが、ハッと我に返ると再び白龍を見上げて口を開いた。
「……ではなくてですね、どうして却下なんて……」
「俺はお前を一人では何もできないダメ人間にしたい」
「えっ」
「はきっと、やろうと思えば何でもできる。独り立ちなんて簡単だ。でもそうなったお前は、俺のことなど必要としなくなってしまうんだろう? それは駄目だ、俺たちはずっと一緒にいるんだ、ずっと一緒にいるべきなんだ。ずっと一緒にいなければならない」
「龍兄様……?」
どこか不穏な笑顔で言葉を重ねる兄の姿に、母の面影を感じたは背中を震わせる。甘く絡みつく母の笑顔が白龍の表情に重なった気がして、は思わずぎゅっと目を瞑った。
「階段の昇降ができない?」
紅炎に問い返された言葉を、白龍は首肯する。どういうことだ、と眉間に皺を寄せる紅炎に、白龍は表情を変えないまま口を開いた。
「母上が、をそういうふうにしたんですよ。一人では階段を昇り降りできないように、誰かについていてもらわなければ恐怖から過呼吸を起こしてしまうほどに、刷り込んで躾けたんです」
「…………」
「部屋から、家から、自分から、逃げないようにね」
淡々と語る白龍の表情からは、彼が母親の所業に対して何を思っているのか読み取れない。
「白雄殿たちは、それを知っているのか」
「知っていますよ。がそうなったのはだいぶ幼い頃からのことですから。白蓮兄上なんて、付き添うだけでいいのに抱っこやおんぶまでするんです」
が恥ずかしがってもお構いなしですよ、と白龍は溜息を吐く。そういえばいつ遊びに行ってもが一人で階段の昇り降りをするところを見たことがなかったと、紅炎は苦い顔をした。
「だからがSSになるという選択肢は元より無かったんですよ。むしろ俺がついていてあげないといけませんから」
「……白徳殿は、のそうしたものを克服させてやりたくてSSの件を条件にしたのではないのか?」
「そうかもしれませんね。ただ、俺はのそれを治してあげるつもりはありません。兄上たちもきっとそうでしょうね」
白龍が見下ろした先で寝ているの顔色は、青を通り越して白い。母親の愛情に押し潰されそうになっていたことを思い出して倒れてしまったを見つめる白龍の表情は、紅炎からは見えなかった。
「はこのままでいいんです。が外に出たいなら、俺はそれを叶えます。学校に行きたいのならそれも叶えましょう。それでも、俺を不必要とすることだけは俺が許容できない」
「……お前も、玉艶と変わらない」
「ええ、そうです。ただ俺は、を縛るのがあの女だということが許せない。それだけです、その他には、何一つ変わりない」
ゆらりと振り向いた白龍の表情を見て、紅炎は眉間に皺を寄せた。
「兄は、妹を守るものだろう」
「ええ、そして妹を愛するものですよ」
閉ざされた家から逃げ出してきた、二人の兄妹。けれど彼らは未だ檻の中にいるようで。白龍の笑顔に潜む、愛情と言うには重過ぎるものを感じて、紅炎は重い溜め息を吐いた。
160515