間違ってない。
間違ってない。
間違ってなんかない。
それなのに、どうして。
どうして正しさが、かみさまを殺したのでしょうか。

「何故、校舎にあれを仕掛けたのですか」
「あら、ずいぶんムキになるのね」
 咎めるような問いかけに、くすりと笑うような声が応えた。問いかけた側は、苛立ったようにガリガリと頭を掻く。
「あそこにはもいるんですよ。を傷付ける気ですか」
「あれは発動しないわ。聡い子だもの、気付かないわけがない。そして可愛い小さなは、あれを放ってはおけないでしょうね。優しい子だもの」
「……あなたは何の為に、あんなものを」
「あら、そんなこと、わかりきっているじゃない」
 ひらり、翻った裾の陰で歪む微笑み。
「あの子が運命に、辿り着くためよ」

「……やっぱり、おかしいですよね」
「ええ、気持ちの悪い結界が仕掛けられている」
 夜の校舎を探索していたとランサーは、それぞれ調べていたところから顔を上げて視線を交わした。昼の学校で、突如感じた違和感。それは霊体化していたランサーも感じていたようで、不穏な気配の正体を探るために二人は夜の学校へとやって来ていた。
「……この魔術、まだ発動はしていませんが、範囲内にいる人間のオドに干渉する類のものです……! もし発動したら、生徒や先生たちが生命力を奪われて……」
「……最悪の場合、死に至る」
「発動する前に、解除しないと――」
 校舎内に仕掛けられた魂喰らいの術式。解除の糸口を探ろうと立ち上がったの背筋を、ひゅっと寒気が駆け上がる。殺気を感じて振り向くよりも早く、ガギィンッと金属のぶつかり合う音が背後で響いた。
「……槍兵か」
「俺のマスターを殺そうとするとは、どうやら余程死に急いでいるらしいな」
 の前にいたランサーが一瞬で背後に回り込み、に向けて振り下ろされた剣を防いでいた。ランサーによって阻まれた剣の持ち主は、赤い髪と独特の目元が印象的な、古代ローマに近い服装の青年。剣を受け止めている槍の下から繰り出されたランサーの蹴りを躱し、サーヴァントと思われる青年はバックステップで数歩分の距離を取る。しかし退くことはなく、剣を構えたまま口を開いた。
「どうやらこの結界の術者ではないようだが……聖杯を争うサーヴァントとそのマスターであれば今は退く理由もない。ここで討ち取ってみせる」
「……下がっていてください、マスター。まずは一騎だ」
 を背に庇い、ランサーは青龍偃月刀の鋒を赤髪の青年に向ける。初めての戦いに恐怖から震えたは、どうやら結界を探りに来たらしいサーヴァントに目的は同じだと休戦を訴えたい気持ちを必死に抑えた。既に双方共戦闘態勢に入っており、下手に横槍を入れればランサーの邪魔になる。透視できたサーヴァントのステータスは高く、まともな勝負では三騎士クラスのランサーでも拮抗する相手だ。躊躇すれば、ランサーの命との願いが潰える。ランサーを喪いたくない。は、兄と姉に会いたい。もう一度、どんな痛みを乗り越えてでも。ギュッと拳を握り締めて、は藍色を強い決意に光らせた。
「私に勝利をください、ランサー」
「ええ、必ずやあなたに勝利を捧げます。我がマスター」

 アリババは、我が目を疑っていた。夜の学校で行われている、激しい戦闘。暗闇の中ではよく見えないが、確かに剣と槍が激しく打ち合っている。それぞれの武器の持ち主は、顔までは見えないにしろ現代ではまず見ないような服装をしていて。
何故、現代日本の平和な町の片隅で、こんな非日常的な決闘がなされているのか。映画の撮影や幻覚ではありえない。そんなものではないと、本能が告げている。これも異変の一つなのかと、アリババは息を殺してぐっと拳を握り締めた。
(あれは、何なんだ? この学校で、何が起きてるっていうんだ?)
 昼間感じた、ゾワゾワとした寒気にも似た違和感。それをどうしても放っておけなくて、こうして夜中にやって来てみれば、激しい剣戟が交わされていて。理解の及ばないまま呆然と戦いを見ていたアリババの視界が不意に明るくなる。月明かりが差し込んだのだと、そう気付くよりも早くアリババの目は信じ難いものを知覚していた。
「白龍……!?」
 振り向いたのは、はっきりとした驚愕の色。数ヶ月前に死んでしまったはずの、友人。彼と刃を交えていた赤色が、何事か叫んだ。
 あぶない。
 その声が届いたのは、アリババの心臓に背後から雷のような刃が突き立った後のことだった。

「アリババ先輩!?」
 悲鳴を上げたが、背中から血を吹き出しながら倒れたアリババにだっと駆け寄る。何かの攻撃は正確無比にアリババの心臓を貫いていて、血を吐いた口元は最早息をしていなかった。それでも兄の友人である人間の虚ろな瞳に僅かな光が残っているのを見つけて、はアリババの手を取り握り締める。
「――――」
 魔術回路が励起し、詠唱に応えた魔力がアリババを癒す魔術となって死の淵にある体へと流れ込む。思わぬ闖入者が現れたことにより二騎のサーヴァントは戦いの手を止め、それぞれにアリババとを見下ろしていた。
「……、」
 ランサーはどことなく不機嫌そうに眉を寄せ、相対する青年は心無しか顔色が悪い。やがて血の気の失せたアリババの頬に赤みが差すと、と同じくらいの安堵を青年は見せた。
「……心臓を失っても、蘇生できるほどの力があるのか」
「俺のマスターにとっては造作もない。死んでさえいなければ、どんな損傷も病も……」
 ただ、死んでしまえば。いかなる魔術も、死者を取り戻すことは能わない。心臓を失ったアリババを即座に生還させるだけの力を持ちながら、きょうだいの一人たりとも救えなかったことが、を苛み、この戦争へと駆り立てた理由だった。
「……あれを襲った者は、既に去っているようだな」
「ああ。俺たちにも、君のマスターにも用はないと言わんばかりだ。まるで……」
 最初から、アリババを標的としていたようだと。そう呟いた青年の声が、ぽつりと闇に溶けて消えた。
 
160325
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