「……っ!?」
 アリババの鍛錬の光景に、とティトスは目を見開いて息を呑んだ。思わずアリババの肩に手をかけて止めさせそうになるのを、既のところで抑え込む。下手に集中を途切れさせた方が却って危険だと、そう自分に言い聞かせた。
「……正気ですか、先輩」
 ティトスが、口元を覆って呟いた。も、青ざめた顔でアリババを見守っている。開かれた魔術回路の光が収まって、アリババは集中を解いて目を開けた。
「ひとまず、こんなもんかな」
 自分の行っている鍛錬をいつも通りにこなしたアリババは、後輩の表情が曇っていることに首を傾げる。
「どうしたんだ? 二人とも」
「どうしたも、こうしたも……」
「……先輩は、あれを毎日?」
「? ああ、そうだけど」
 頷いたアリババに、は真っ青な顔のまま首を振った。
「その鍛錬は、二度としないでください。アリババ先輩」
「えっ?」
「とても正気の沙汰ではありません……鍛錬の度に、魔術回路を開き直すなど」
 一度構築すれば次からは開き直す必要のない魔術回路を、鍛錬の度に一から開いているなど。僅かにでも集中がズレようものなら、中身が吹き飛ぶ危険な所業だ。ただ、魔術回路を開き直すだけ。魔術的には何の進歩もないその危険なだけの鍛錬を、ずっと続けてきたというのか。
「自らの喉を、突き刺しているようなものです……こんな恐ろしいこと、もうしないでください」
「あ、ああ、わかったよ
 泣きそうな顔で懇願するに、そんなに危ないことだったのかと、ワタワタと慌てるアリババは頷く。その横でティトスは、自身で何の成長も感じられないこの鍛錬を、延々と続けてきたアリババの精神性にそら恐ろしいものさえ感じていた。
「……先輩の特性に合った鍛錬方法を考えましょう。先輩は、強化と投影ができるのですよね?」
「ほとんどできないに等しいけどな……」
 徒に踏み込めば、何か取り返しのつかないものを引く。そう本能で察したティトスは、本来の目的へと話題を切り替えた。

「……全然ダメだな」
「悲惨なまでにへっぽこですね」
「……が、がんばりましょう、アリババ先輩」
 強化はまず成功しない、投影で作れるのはガワだけ、できることは非効率な構造把握、他の魔術はからっきし。最初の鍛錬の惨憺たる有様にアリババは苦笑し、ティトスは頭を抱え、は拳をぎゅっと握り締めてアリババを励ました。
「ところで、何故先輩は魔術を習おうと?」
 ティトスの当然といえば当然の質問に、アリババはギクリと肩を跳ねさせる。言ってもいいのかという意味合いでを見たアリババに、は僅かな逡巡の後頷いた。ティトスの家は聖杯戦争の創始に関わった御三家であるし、ティトスの手に令呪は見受けられないからティトスがマスターということは無さそうだ。それに何より、数少ない大事な友達に嘘をつくことは、したくなかった。
「私と先輩は、聖杯戦争にマスターとして参加しているんです、ティトスくん」
「……!? はともかく、アリババ先輩が? 悪いことは言いませんから、一刻も早く棄権した方がいいと思います」
 率直かつ遠慮のない物言いに、もアリババも苦笑いを浮かべる。けれど、アリババは真っ直ぐにティトスを見て首を横に振った。
にも言われたけど……それでも、知った以上は何もせずにいられないんだ。俺はさ、巻き込まれて、死にかけて……たまたまその時にサーヴァントが召喚されたり、が助けてくれたりしたから、今こうして生きてるんだ。だから、俺も助けたい。俺みたいに巻き込まれる人が出ないように。俺を助けてくれたを、助けられるように」
「……先輩とは、共闘を?」
「ん? ああ。共闘って言っても、今のところほとんどに頼り切りだけどな」
「そんなことありません、先輩を頼りにしてます!」
 慌ててフォローを入れるだが、どうにも説得力がない。アリババもそのことを解っていて、は優しいな、と眉を下げて笑った。
(そういえば、)
 ふと思い出したことがあって、は内心首を傾げる。アリババがセイバーを召喚したあの時、アリババは血だまりの中にいた。その胸には、やはり大きな傷があって。けれど、はそれを治していない。手当をする前にランサーがアリババとセイバーに対し異常なまでの敵意を向けて、令呪を使うまでの事態になってしまったからだ。けれどアリババはあれほどの傷だったのに、気付けば普通に話したり立ち歩いたりしていて。てっきり治癒魔術の素養でもあったのかと思っていたが、アリババが使える魔術はひどく限定的なのだ。
(セイバーさんの、スキルなのかな……?)
 もしくは、アリババも知らない素質があるのかもしれない。かなり特異であるアリババの魔術特性は、とティトスの二人がかりで調べてもまだわからないことが多い。の生家であり御三家のひとつでもある家を継いだ白雄ならば、きっとアリババの魔術特性のこともわかっただろうに。そう、ふと思った時に心の中を冷たい風が通り抜けていったような気がした。
(私が、私がしっかりしないと)
 甘えられる兄姉は、いないのだ。彼らを取り戻すために、は戦争に身を投じたのだから。ぎゅっと拳を握り締めたは、すぐに兄姉に頼ろうとする自分を叱咤する。そんなを、どこか心配するような目でティトスが見ていた。
 
170205
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