山姥切国広を顕現させたのは、年端もいかない少女だった。
短刀たちを僅かに上回る程度の背丈と、あどけない表情。これから戦場に立つとは思えないほど、ただの純粋無垢な少女だった。
 それでもは歴とした審神者であり、彼の主である。
写しではない、名だたる名刀たちではなく、山姥切国広を手に取った主。
それが例え気まぐれによるものだったとしても、自身を唯一として選んでくれた主を、初陣で重傷を負った山姥切国広をその目からぼろぼろと大粒の涙を零しながら、つきっきりで手当をしてくれたを、突き放せるほど彼の性根は曲がっていなかった。
卑屈になりがちな彼をいつだって受容し、「切国」と呼んで慈しむは、彼にとってもかけがえのない唯一であった。
 そんな彼女に、器物のそれを超えた情を抱いてしまった切国を、誰が責められただろう。
彼を唯一と慈しみ、大切にしてくれるその小さな手の持ち主を、自分にとっても大切な唯一だと誰に憚ることなく言えたのなら、それは切国にとってどれほど幸福なことだっただろうか。
 しかし切国は卑屈さが目立つものの、根は実直で誠実な青年である。
それ故に、彼は主従の立場を弁えない感情を分不相応なことだと苦悩した。
そして、の傍にいつだってついている、彼女と然程背丈の変わらない短刀の姿もまた、切国の懊悩を深くした。
 厚藤四郎はが初めて鍛刀した刀である。切国がずっと第一部隊の隊長を任され続けてきたように、厚はずっとの近侍を務めていた。
戦場育ちとはいえ、厚は短刀である。守り刀としての本能からくるものなのか、厚はひたすらにを危険から遠ざけようとしていた。
無論それが悪いことであるはずかない。
刀剣たちの数が増えた後も、心配故に戦場へ随伴しようとするを本丸に止め置いているのは、厚が彼女を言いくるめ、自身も戦場へ出るのをやめ、の傍についていてくれるおかげである。
その上、に過ちめいた感情を向ける刀剣たちから彼女を一番に守っているのも他ではない厚である。しかしだからこそ、切国のやわい恋情は厚に淘汰されるおそれがあった。
 切国の望みは多くはない。がこの本丸で審神者として過ごす間、情を通わすことは出来ずとも、せめて傍で見守っていくことができたなら、と願うのみである。
自分の想いを伝えたいと思わないわけでもなかったが、たとえがそれを知って受容しようがしまいが、切国がを支えたいという気持ちは微塵も揺らがない。
の全てを得たい、ほしいままにしたい、などという大それた欲望は、切国の中には存在しなかった。たとえそれを恋の真似事だと笑うものがいたとしてもだ。
 けれども厚は、主従の情を超えたものを一切合切全てから遠ざけようとするきらいがある。それは決して間違ってはいない。
人に付喪神が想いを寄せるなど、本来のモノと人の領分を弁えないことなのだから。
 切国は厚が嫌いではない。はじめの頃から共に戦場を駆けた戦友であり、主を守らんとする同志である。むしろ切国と厚の間には固い信頼があると、切国自身もそう思っている。
 だが厚はに不変を望んでいるように思われた。
俗世から隔絶されたこの空間で、可憐で優しい、純粋無垢な少女のままであれと。
が異国の宗教を教え広める施設の、附属の孤児院で育ったみなしごであったこともまた、厚の過保護に拍車を掛けた。
神への信仰を糧に生きてきた、神の愛を信じる無辜な少女。
厳密には根本からして違う存在ではあるが、「神」である刀剣たちを清らかな貴い存在だと信じ敬う、の信頼を壊したくない厚の気持ちも解らなくはない。
 に変わらずにいてほしい厚と、と共に歩んでいきたい切国。
守りたい気持ちは同じはずだが、噛み合わない願いがある。
厚と自分、どちらが正しくてどちらが間違っているのか。
きっとどちらも間違ってはいないのだと、そう思いたいのに、主への恋情を抱えている自分が許されないように思われる。
 まだ本丸にいる刀剣が自分と厚だけだった頃、「あんたも大将のことが好きか?」という厚の問いに、迷いなく頷くことができた自分が随分遠くに感ぜられて、切国は身を隠す布を深く被り直し、頭を抱えた。
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