自分を顕現させた主に、両親がいないと知ったとき。
人の子は両親に慈しまれて育まれ、そうしていつかは愛すべき伴侶を得てまた子を成し、そうして命は続いていくのだと思っていた堀川は眩暈を覚えた。
「厚くんってば主さんに厳しすぎやしませんかね、青江さんもそう思いません?」
「まあ、少しばかり過干渉のきらいはあるねえ」
「でしょう! 今日も僕が主さんにおやつあげようとしたら、『もう今日はおやつやっただろ!』って取り上げるんですよ厚くんってば」
「おやおや、母親のようだね」
「主さんだって甘いもの好きなのに、厚くんがああだから遠慮して『大丈夫です、また明日の楽しみにしますね』なんて言うんです。まだあんなに小さいのに」
ぷりぷりと怒る堀川は、が親の愛を知らずに育ったことを刀剣たちの中で一番不憫に思っている。ならば自分がを甘やかそう。そう思うのも堀川の中では当然の帰結であった。
「僕たちの主はあんなに可愛いのに、小さい頃から我慢ばかりしてかわいそう」
それが堀川の口癖であった。
「厚くんが母のようなら、君は祖父母のようだね」
「なんだっていいですよ……主さんはもっと甘えるべきなんです。いつも仕事ばっかりして、短刀のみんなと遊んでいたっていいのに、時間が空けば今度は畑やら家事やら手伝いに行ってしまうし」
「そういえば彼女は修道院育ちなんだっけ。したいことを優先しないのは育ちのせいかな」
「そうなんですよ! それに青江さん、主さんの修道服姿、見たことあります?」
堀川の言葉に、青江は顎に指を当ててしばし記憶を辿る。
「ああ、あの黒い服と被りものか。たまに着てるけれど、少し地味だよね」
青江のその言葉に、堀川は我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
「その服が主さんの一張羅だって知った時の僕の気持ちわかります?」
「卒倒しそうになったとか?」
「その通りですよ。現世は人々の暮らしが豊かになったはずでしょう。そのはずなのに、年頃の女の子があの服の他には学校の制服しか持ってないって言うんですよ」
「修道院っていうのはそんなにひどいところなのかい」
「いえ、一応それなりに服はもらっていたらしいんですけど……『きょうだい』たちが欲しがるからって全部あげちゃったらしいんです」
「それはなんとも彼女らしいね」
確かには、欲しいと乞われれば何でも差し出してしまうような子だ。それが例え血の繋がらない孤児仲間相手だとしても、一緒に暮らしていて情のある相手であればなおさら、きっと服だって甘味だっておもちゃだって、簡単に手放してしまうのだろう。
「僕が来たときはまだ主さんが審神者になって間もない頃なんですけど……それでも政府からの給金はちゃんと支払われていて、主さんの自由に出来るお金はそれなりにあったんです。なのに主さんたら、買いたいものがないとか言うし。厚くんたちなんて主さんが気に入ってるからずっとあの格好なんだろう、って思っていたらしいんですよ?」
「まあここは朴念仁の溜まり場のようなものだしね……君より前にいたのは、厚くんに山姥切国広に、ええと」
「愛染くんに小夜くん、同田貫さんと安定くんですね」
「見事に偏ってるじゃないか。何方へとは言わないけれど」
少なくとも、主の少女の見てくれに気を使うような者は一人もいない。
「しかしそうなると君が来てくれたのはあの子にとって僥倖だったろうね。今の着物は君が見立てたんだろう?」
「そうですね、最初の何着かは僕が選びました。後から来た燭台切さんや歌仙さんに、乱くん、清光くんや蜂須賀さんなんかも主さんに服を選んでいるのを見たことがありますよ」
まあ、最近は「もういっぱい持ってるよ」って断られてしまうことが多いみたいなんですけど。
そう苦笑して堀川は立ち上がる。その手には大福の包みが握られていた。
「おや、また行くのかい。君も懲りないねえ」
「さっき鶴丸さんの名前を叫ぶ厚くんの声が聞こえましたから。当分は説教で戻ってこないでしょうし」
「まあ、お母さんに捕まらないようがんばりなよ」
「ええ、そうします」
厚が何かをやらかしたらしい鶴丸を追いかけているとはいえ、平野か前田がの傍には付いているだろうが。
けれど彼らは堀川を止めはしないだろう。青江がそうしなかったように。
それはきっと、優しさなんて暖かいものからではないだろうけれど。
150515