「皆が皆、君の弟たちのように聞き分けがいいわけではないのだよ、一期一振」
 軽傷を負って帰ってきた第三部隊の面々の手入れを手伝いながら、石切丸が一期一振に苦笑する。隊長を任された時に「弟を率いるのと似たようなものです」と言っていた一期一振は、石切丸に苦々しい笑みを返した。
「ええ、私がいかに周りの者に恵まれていたのかよく理解できました。慢心していたつもりはないのですが、難しいものですな」
 第三部隊の出陣は阿津賀志山。昼の合戦であること、検非違使も含めて強敵が出現することから、試験的に、打たれ強く昼の戦いでは力を阻害されない太刀以上の面々で部隊を組んでみようという話になったのだ。
部隊長は一期一振、隊員は江雪左文字、鶴丸国永、鶯丸、蛍丸、三日月宗近。刀装を多く持つことのできる刀剣で被害をできるだけ抑えてみようという試みでもあったが、なにぶんマイペースな刀剣が多過ぎた。いろんなものに興味を示す鶴丸や蛍丸、気付けばふらっと居なくなっている三日月に鶯丸。比較的好戦的な面々よりも、戦いが嫌いとはいえのためならばと疎んでいる戦場に出てきた江雪が、一番隊長である一期一振に協力的で連携をとって戦っていたことに何とも言えない気分にさせられる。一期一振に統率力が無いわけではないが、結束が強いとも言い難く、こうして隊員全員が手傷を負って帰ってきたことに一期一振は自身の至らなさを感じて俯いた。そんな彼の元に、小さな足音が近付いて来る。
「石切丸、ありがとうございます。一期、傷を見せてもらってもいいですか?」
様……」
 手入れ道具を抱えて、一番傷の深かった江雪の手入れを終えたが、石切丸を労い一期一振の具合を訊ねた。
「私の傷など、大したものではありません。彼らの手入れを優先してください」
「よく言うよ、全員軽傷の範囲内とはいえ君の傷も大概だろうに」
 自分を後回しにするよう頼んだ一期一振の背中を、石切丸がぱんっと平手で打つ。怪我のある腕を叩かなかったのはせめてもの気遣いだろう。石切丸は穏やかそうな言動に反して大太刀の中でも膂力が一番強い(そして意外と短気でもある)。そんな彼に軽くとはいえ傷を直接叩かれれば悪化しそうなものだ。
「一期一振、」
 が心配そうな表情で一期一振の前に膝をつく。じっと大きな瞳で見つめられて、一期一振は居心地が悪くなって身じろぎした。
「申し訳ありません、お願い致します」
 下手に手入れを断ればが悲しむだけだ、と気付いて一期一振は大人しく自らの依代である刀身をに差し出す。はそれを壊れ物を扱うかのような手付きでそっと受け取った。恭しささえ感じさせるそれに、一期一振は妙に気恥ずかしさを覚えてより一層居心地が悪くなる。石切丸は、赤の飛び散った着物を翻してふざけている鶴丸に拳骨をお見舞いしに行ってしまったし、彼のすわりの悪さを緩和してくれる存在はそこにはいなかった。
「……様」
 刀身に霊気を送り込んで再生させていくの集中を削がないように、おそるおそる一期一振はへ呼びかける。どうしてもに謝りたかった。自分を信頼して、隊を預けてくれた主に。
一期一振はこの本丸の刀剣には珍しく、の名を呼ぶ刀剣である。それは弟たちの手前自制している慕情の、唯一の発露であった。一期一振を喚んだその日に、大きな瞳を驚きに丸くして、「……王子様みたい、」と呟いた。誰にでも優しくて控え目で、弟たちとほぼ変わらない背丈で彼らの面倒をよく見てくれる。王子様とは、と訊いた一期一振にが貸してくれた本の中に描かれていた聖女という存在が、王子様よりも彼の目を惹いて、の姿に重なって。どの話でも大抵信念や他人の為に命を落としている聖女の姿に、もいつかそうなりかねないという危惧が生まれた。優しい主を守ろうとしているうちに、芽生えたのは淡い慕情で。
「どうしました? 一期」
 首を傾げるに、きゅっと胸の奥が締め付けられる。恋い慕う主に隊長を任せてもらえたのに、良い結果を残せなかったことに一期一振は忸怩たる思いでいた。
「今回は、せっかく隊長に任じてくださったのに、このような醜態を晒して申し訳ありません」
「醜態だなんて、一期も皆も良く頑張ってくれました。いきなり無茶な編成を振った私が悪いんです」
「いえ、様は悪くなど、」
 一期一振が身を乗り出して、自分が悪いと言うを制止する。それにぱちくりと目を瞬かせたは、おもむろに微笑んだ。
「では、一期も悪くありません。私も一期も皆も、それぞれに最善を尽くそうとしてこうなりました。次はどうすべきか、考える機会が残されたのは私たちにとって幸福なことです。一緒に考えてくれませんか、一期?」
「……はいっ!」
 柔らかい声音で諭すように言葉を重ねるに感極まったように返事をした一期一振。彼は前方に乗り出していた姿勢を正すと、膝をついての手を引き、その手の中にある一期一振の刀身で自身の肩を叩かせる。から借りた本で見た、騎士の叙任の真似事だった。もそれが解ったのか、頬を羞恥に赤らめて一期一振の名を呼ぶ。
「一期?」
「……様は、私のことを王子様のようだと仰ってくださいましたが、」
 一期一振の頬も赤くなる。本の中の王子様は、きらびやかで凛々しく華やかな魅力に溢れていて。の目に自身がそのように映っていたのかと思うと、少し照れくさくて、倒れてしまいそうなほどに嬉しさで胸が溢れそうになる。
「私は、貴方に傅きたい。貴方を主と仰いで、貴方を守り抜きたいのです」
 その小さな白い手に、口付ける。一期一振は王子様よりも騎士になりたかった。時に愛しい人の存在を忘れて他の女性と誓いを交わしてしまうような王子様よりも、ただ一人尊崇を抱く相手に一生の忠誠を誓う騎士に。
「私には、もったいないほどの騎士様ですね」
 顔を真っ赤にして俯くの、その声には確かに恥ずかしさの他にも嬉しさや喜びの感情が垣間見えて。大きな声で何事か言いながら駆け寄ってくる厚や鶴丸たちを視界の隅に映しながら、一期一振は微笑んだ。
 
150704
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