「三日月の目は、綺麗ですね」
くり、と大きな瞳を動かして、は三日月の瞳を覗き込んだ。
「目の中にお月様がいらっしゃるなんて、素敵です」
「うむ、もっと褒めてくれて良いぞ主殿」
「金色の三日月が綺麗です、きらきらしていてとても綺麗。三日月の青は夜の青なので、より一層月の金色が映えます」
「そうかそうか、俺は綺麗か」
瞳を輝かせて強く頷いたを抱き上げて、三日月は微笑む。自分の美しさを当たり前のように自覚している三日月だが、にそれを言われるのは特別だった。他の誰に言われてもさほど驚きはしない言葉が、に言われれば何よりも激しく三日月の心を揺さぶる。愛しい主の賞賛は、何にも代え難い喜びだ。
「月には兎がいるそうなのですが……三日月の月にはさすがに兎はいないのですね……」
「愛らしい兎なら、俺の目の前にいるぞ」
どことなくしょんぼりした様子のの頭を撫で、三日月は可愛らしい主を兎に喩う。雪のように真っ白な髪、色素の欠如した白磁の肌、血の色をした赤い瞳。広間にひとつだけ置かれたテレビでやっていた動物の特集で、三日月たちが活躍した時代で一般的だった兎とは異なる配色が現世で普及していたことに短刀たちが驚いて騒いでいたことを思い出す。
「月には兎、俺には主殿ということだな」
きっとが両親に捨てられた理由も、その特異な外見によるところが大きいのだろう。昔で言うなら忌子だ。彼らが真っ先に人柱や生贄に出されていた時代を思い出して、人はいつまで経っても変わらないものだ、と三日月は嘆息する。親に捨てられ拠り所のない、多少変わった見た目をした子供を、使い捨ての駒のように戦場に送り込む。人の愚かさは刀である三日月の論じるところではないが、思う所はある。愛しい哀れな主。そのくすんだ赤が映す世界は霞みがかったようにぼやけているのだそうだ。現代の技術をして失明を防ぐのが精一杯なの目。けれどもその瞳は、この世ならざるものをこそよく映す。彼女の瞳には、彼ら付喪神の姿ははっきりと映るのだ。
「……ありがとうございます、三日月」
の白い髪を撫でて微笑む三日月に、は照れたように笑い返す。くすんだ赤い瞳も白い髪も、この本丸においてはさほど奇異な外見ではない。それを置いても、彼女の刀剣のいったい誰がこの愛しい主の外見に恐れや侮蔑を抱くと言うのか。そろそろそれをこの小さな主にも理解してもらいたいものだ、と三日月はの頬に指を滑らせた。
「もっと甘えて良いのだぞ、主殿」
きっとのひどく遠慮がちな性情も、その不便すぎる体を引き摺って生きるために他人の手を煩わせることへの負い目から来ているのだろう。何もかも他人に譲ってしまうのも、存在するだけで他人の邪魔になりかねない自分に手を貸してくれる人間たちへの感謝と謝罪なのだ。そうやってあらゆるものを譲り続けて、彼女は生きてきた。そうやって人の手を通して世界と繋がり生きてきた彼女にとって、家族とは本当にかけがえのない存在だったのだろう。家族の他に譲れぬものなどないは、自分の存在すら譲ってこんなところにまで来てしまった。
そうやって刀剣たちの主になったを、愛さない者はここにはいない。それぞれ形は違えども、皆という主を大切に思っている。その生に負い目など感じなくていいのだと、三日月はを愛でる度に心の中で強く思っていた。はやくそれが伝わってくれればいいと。
だから早く自分たちの手の中に収まってくれないかと願う。生きづらい人の世など、捨ててしまえばいいと希う。か弱い少女に世界の歪みを押し付けるような者達など、見限ってしまえばいいと。
「でも私、皆さんの大将ですから。甘えてばかりだと……」
「甘えてくれないのか。ならばいかに主殿に甘えてもらうか、考えてみるか」
遠慮がちに三日月の衣の裾を掴む手に、もっともっと求めさせたい。彼の胸に縋って離さない程に、強く求めて欲しい。多少荒い手ではあるが、まずは体からでも陥落させてしまおうか、と考えた三日月の瞳が不穏にきらめく。雰囲気の変わった三日月に首を傾げたの、その白い首筋に三日月が視線を据えたところで、背後から冷たい声がかかった。
「今日の風呂掃除当番はあんただぜ、三日月の旦那」
「……厚か 」
まったく油断も隙もあったもんじゃない、とでも言いたげな厚の顔が振り向いた先に見え、三日月はくっと口の端を持ち上げる。厚は険しい顔のまま、背後にいたもう一人に、振り上げた握った拳の親指を向けた。
「同じ当番のいち兄が来られなくなったから、代わりに長谷部の旦那に来てもらったぜ」
「早く行くぞ、三日月宗近」
厚と同じように渋面を作った長谷部が神経質そうに組んだ腕を指でとんとんと叩きながら三日月を急かす。今日のところはひとまず退いた方が良さそうだ、と判断した三日月は、あいわかった、と返事をすると、名残惜しく思いながらもをそっと床に下ろした。途端にに駆け寄ってその手をとる厚に、僅かな嫉妬心が浮かぶ。遠慮がちなが躊躇うことなくその手を預ける厚が、三日月にとってはひどく羨ましくて仕方無かった。
150803