鶴丸国永は退屈が嫌いだ。言い換えれば、安穏とした日々は彼の気性に合わない。それでも、の傍で微睡みに身を委ねるのはひどく心地よいことだった。
「あるじ、」
「はい、鶴丸」
 女人特有の柔らかさをまだ持たない棒のような太腿に頭を預け、にこにこと笑うに髪を梳いてもらう。戦場を駆け回って気が付けば誉をたくさん獲得していた鶴丸が、主に強請ったのは膝枕だった。のために茶を淹れながら、三白眼でじとーっとこちらに視線を寄越す厚の不満そうな気配など鶴丸は微塵も気にしない。いい大人(の体格を持った付喪神)が童女の脚に頭をすり寄せて何をやっているのだろう、とでも言いたげな前田や平野の視線も歯牙にもかけず、鶴丸は上機嫌での何となく柔らかい気もする太腿の感触を堪能した。
「主は将来有望だなあ」
 白磁の肌や整った眉目を見上げて思わず零せば、はこてりと首を傾げ、短刀三人からの視線はますます遠慮が無いものになる。適度に冷ました茶をに差し出しながら、こいつの顔面に熱い茶をぶちまけてやりたいが今それをするとの膝にも熱湯がかかってしまう、という葛藤をありありと描いた顔で厚が顔を顰めた。
「…………」
 ふと思い立って、鶴丸はさらさら揺れる白い髪に手を伸ばす。自分と揃いの色を繰り返し指で梳けば、視力が薄弱なせいか他者との触れ合いが好きなは無邪気に笑った。その頭を細心の注意を払いつつよしよしと撫でる。普段肩肘を張って『大将』であろうと努力する少女はしかし、存外子供のような触れ合いを好むのだ。
「主殿は到底鶴に見えはしないな」
 白い髪に緋色の瞳、鶴丸のよく口にする紅白の組み合わせであるのに不思議とそんな生き物には思えなかった。あるいはそれは色彩豊かな着物のせいかもしれない、と考えてが白い着物を纏うところを想像してみるが、どうにも贄や人柱のような印象が強まるばかりで。
「いいんです、鶴は鶴丸がいますから」
「番が欲しいんだがなあ……」
 にこにこと無邪気に笑うの言葉にポロッと零せば、「おっと失礼」と言いながら厚が鶴丸の足を踏んで行った。はいはい許容範囲外か、と嘆息して、首を傾げるを誤魔化すようにその小さな頭を撫でる。そうすればは目を細めて鶴丸の頭を柔らかい手つきで撫でるものだから、鶴丸はふっと微笑んで金色の目を瞼の奥に閉ざした。
 鶴丸国永は退屈が嫌いだ。けれど、主から与えられるぬくもりに身を委ねるのは不思議と好きだった。穏やかで緩やかで、鶴丸の求める驚きなどそこにはないゆったりとした安寧は、しかし手折ればたちまち枯れてしまいそうな少女の元で得られる揺蕩うような時間は、ひどく居心地が良いもので。本分を忘れて錆び付いてしまいそうな平穏はしかし、から与えられるものならば何よりも尊かった。
 
150901
ネタ提供:ジェーン・ドゥ主が刀剣の頭を撫でつつ撫でられる話
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