「主様、大丈夫?」
 真っ赤に火照った肌、荒い呼吸。ぼんやりとくすんだ紅色が、安定を映して滲むように笑んだ。
小さな体に見合った小さな手。いつもは雪のように白い肌が、薄紅色に染まっている。桜や梅が冬を食い破り花を咲かせるように、雪のような少女をその薄紅色が溶かしてしまうような気がして、安定は縋るようにその手を握った。
「やすさだ、つめたくて、きもちいい」
 ふっと笑う少女に、いけないことだとは解っていても重ねてしまう影がある。それを振り払うようにきゅっと手を握り締めて、安定はそっとの額に乗せている手拭いを取り替えた。
 この本丸の主であるが倒れたのは三日前のことである。なんてことない、人間にはよくある季節の変わり目に引く風邪だ。けれど、人の子は脆いものだと笑って済ますには、彼らの主はあまりに弱かった。
ただの風邪でさえどう命取りに転ぶのか解らない、そんな体を抱えて生きているが倒れてからずっと、本丸はひどく慌ただしい空気に包まれていた。出陣や遠征は最低限に留められ、近侍の厚、彼と共によくに付いている前田と平野はもちろん、手の空いた刀剣が入れ替わり立ち代わり彼女の看病をしていた。本来病人とは安静にさせておくべきなのだろうが、寂しがり屋のは部屋に誰かがいてくれた方が容態が落ち着くようだったから、常に三人以上の刀剣がの部屋にいるようにしている。普段は術をかけてあるらしいその部屋も、厚か前田、平野が夜も常駐する代わりに刀剣たちが自由に出入りできるようになっていた。
「たいしょ、メシと薬の時間だぜ」
「お粥、食べれそう?」
 ひょいっと薬研が薬包を持って顔を出す。その隣には鍋を抱えた乱もいた。
「汗気持ち悪くない? 僕が拭こうか? 起き上がれないだろうから厚兄さん支えてやってよ。お粥このままだと熱いだろうから僕が吹き冷ましてあげるね、お薬苦くないようにゼリーも持ってきてあるよ」
「乱、少し落ち着け」
「静かにしろ」
「だってぇ……」
 ぽんぽんと飛び出す言葉に薬研と厚が歯止めをかければ、乱が頬を膨らませて唇を尖らせる。安定と厚に縋って上体を起こしたが、くすくすと可笑しそうに笑った。それで咳き込んでしまったの背中を、慌てて安定がさする。彼は誰かが咳き込む音が苦手だった。
「汗はさっき拭いたばかりだから、まだ大丈夫だと思うよ。それと今は僕の当番だから、お粥を吹き冷まして食べさせてあげるのも僕の特権」
「ええ、安定さん大人気なーい」
「年齢で言えば君たちの方が上だろ」
 乱のブーイングに大人気なく言い返して、安定は薬研と乱で作ったらしいお粥の蓋を開ける。卵と味噌で柔らかく煮込まれたそれは、の好きな料理のひとつだった。
「ほら、主様、あーん」
「ん……」
 ふーふーと掬ったお粥を吹き冷まして、小さな口にそっと匙を入れる。熱だけではない赤さで頬を染めつつも、笑ってくれたに胸の奥が暖かくなった。
「主ー、暇だろうから雑誌持ってきてあげたよー」
「ああ、安定くん、ずるい!」
「お前らうるせーぞ、んなドタバタ走ってたら主の体に障るだろうが」
「お前もなかなかに喧しいがな」
 加州、堀川、和泉守、長曽祢たちがドカドカと部屋に入ってきて、その喧しさに部屋にいた全員の顔が歪んだ。ただ一人だけは嬉しそうに笑っていて、一番怒るべきがそんな様子でいることに安定は内心ため息を吐きながら次のお粥をの口元に持っていく。加州がその座を奪い取りたそうにしてはいたが、万が一に危害が及んだら困ると残りの面子がそれを止めたため、安定は悠々と給餌のような行為を続けていた。
「ふふ、」
「嬉しそうだね、主様」
 喧しくて、賑やかで。きっとこの後も入れ代わり立ち代わり刀剣たちがやってきて、ちゃんと休めないかもしれないのには嬉しそうに笑うのだ。
「はい、だって、みんながこうして来てくれるから、私ちっとも寂しくなくて」
 どこか遠い目をするは、きっと昔を思っているのだろう。施設にいた時はきっと、風邪を引いてもずっとこうして傍にいてくれる人たちなんていなかったのかもしれない。お粥を運んでくれる職員もきっと、付きっきりではいてくれなかったはずだ。風邪がうつったら大変だからと、子どもたちの見舞いも最低限に留められていたはずだ。きっとの喜びは、その寂しさがあったから。
 『先生は……先生からの文は、来ていませんか……』
 似たような寂寥を抱えた人を、安定は昔見送った。人の子は脆い。あまりに脆いその体で、鉄や鋼よりも硬い心を携えて生きるその生き物の、なんと尊いことだろう。悲しいことだろう。
(本当は、僕たちよりもいてほしい人が、いたらどうしよう)
 俯いた安定の、ふわふわと跳ねる髪を、の普段よりも熱い小さな手がそっと撫でた。
「ありがとう、安定」
「……僕も、ありがとう、主様」
 愛してくれる人は見つかった。どこまでも深い愛で安定を受け入れてくれる人は見つかった。けれどその人は、誰よりも寂しい人で。
 愛される方が、きっと性に合っている。それでも愛したいと思う。見返りを求めない愛を安定たちに捧げるのその愛は寂しいと、思ってしまったらもう、愛することを知らなかった鋼の体には戻れなかった。
 
151110
ネタ提供:ジェーンドゥで審神者が風邪をひいてみんながワタワタ
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