「犯人はこの中にいる」
 薬研は眼鏡のフレームをクイッと押し上げて、正座している面々をギロッと睨み付けた。薬研の手の中で今にも握り潰されんばかりに丸められている薄い雑誌が、今この部屋に何人かの刀剣が集められている原因だ。
「『ろりぃた強姦百選』……ずいぶん露骨な趣味じゃねえか、なあ?」
「各人で楽しむのは勝手だけどな、大将の目に付くとこに転がしとくのはいただけねえよな?」
 薬研と厚、粟田口の短刀の兄貴分二人が、妙な威圧感を纏って打刀や太刀の面々を見下ろしていた。部屋に集められた刀剣の間に、何とも言えない沈黙が漂う。
これがそれぞれの部屋の押し入れやどこかに隠されていたものなら、厚も薬研も呆れこそすれ見て見ぬふりで済ませたし、このように怒ることは無かった。しかし、これはよりにもよってが執務を行う部屋に転がっていたのだ。ファッション雑誌か何かだと思って加州あたりの忘れ物だろうか、とが雑誌を拾うのを、止める間も無かった。
 『あへ、がお、だ、ぶるぴーす……?』
 その視力の弱さが故にほとんど顔をくっつけるようにして本を読むが声に出して読み上げた内容に、たまたまに用があって部屋に来ていた薬研と近侍の厚は真っ青になった。ページに映っている幼女の裸体までは認識していないの弱視に感謝しつつ、のうなじに手刀を入れて気絶させ、いかがわしい雑誌をその汚れない手から取り上げて。部屋に入ってからの記憶をどうにかこうにか消して、前田たちにを預けて薬研と厚は疑わしき面々をかき集めたのだ。
「俺らの大将が仕事する部屋に、こんな汚ねえもん置くなよ。大将が汚れるだろ」
「で、これ誰のだ? 今名乗り出るなら、無期馬当番か無期便所掃除当番で許してやるけど」
 三白眼と眼鏡越しの鋭い眼光が、部屋に集まった刀剣たちを見回した。ちなみに部屋に集められたのは、和泉守、獅子王、三日月、小狐丸、鶴丸、鯰尾、にっかり、明石、御手杵、蛍丸、乱、燭台切の計十二名である。今までエロ本の所持が確認されており、なおかつ昨日執務室に出入りした刀剣たち。けれど和泉守や獅子王、御手杵の素直な刀剣を除いてほとんどの者は読めない笑顔を浮かべるばかり。ぶんぶんと勢いよく首を振る上記三名はまあ、そんな度胸も無さそうだと判断した薬研たちは和泉守たちに退室許可を出す。それに不満そうな声を上げた明石と乱が、自分たちも帰っていいかと手を挙げた。
「自分、なーんも悪いことしとらんのに、何でこないなとこおらんとあかんのです?」
「ボクも主さんの部屋にエロ本置いたりしないよ! そんなことするより、直接主さん弄った方が楽しいもの!」
「黙れ淫猥ツートップ」
 ブーイングを上げる二人を、薬研は一瞥して黙らせる。
「明石の旦那はやる気ないと言ったその口で、顕現して早々大将押し倒して接吻かまそうとした前科は忘れてねえだろうな」
「乱は乱で隙あらばあの手この手で大将襲おうとしてるだろ、説得力ねえよ」
「それ言ったらこの部屋の人たち、ほとんどボクらと変わらないよね? 誰がやったかなんてわかんないじゃん!」
「そうだな。俺たちも実際誰がやったのかさっぱりだ。だから余計な手間が増える前に、さっさと名乗り出てほしいんだがなぁ……」
「余計な手間ってー?」
 乱の言葉に同意して不穏な言葉をちらつかせた薬研に、蛍丸が首を傾げる。それにニヤッと口角を持ち上げて笑った厚が、背後の襖に手をかけた。
「残念ながら俺らは推理があんまり得意じゃないしな、犯人が見つからない場合は連帯責任ってことで、」
 スッと襖を引いた向こうから現れた影に、部屋の中の面々は思わず身構えた。
「この本丸最強の男に、全員折檻してもらうってことでどーよ?」
 白いボロ布、否、の初期刀にして最高の練度を誇る山姥切国広がゆらりと刀の柄に手をかけながら部屋に踏み入って来た。この部屋にいる刀剣は皆特が付いているとは言えど、が審神者になってから一度たりとも第一部隊の隊長から外れたことの無い切国相手では練度に差があり過ぎる。大太刀であり最高レベルの膂力を誇る蛍丸であっても、その機動の遅さ故に先手を取られて倒されるのは目に見えていた。
「……誰がやったかなど知ったことか、斬ればいいんだろ」
 内気で卑屈で人前に出たがらない切国と言えど、の部屋にエロ本が転がっているという事態を黙って見過ごせるわけもなく。怒りを通り越していっそ静かな眼光は触れるだけで切れそうだ。冷え切った声はしかし、冷静とは対極のところにあるのがありありと読み取れる。
「いいか、俺は一度しか訊かない……の部屋にいかがわしい汚物を置いたのは、誰だ」
 最早疑問符すら付いていない問いかけ。言葉通り、シラを切ればその瞬間からこの部屋は惨殺会場へと様変わりするのだろう。部屋の出入り口は切国程ではないが高い練度の厚と薬研が押さえている。
「ごめんなさい、俺がやりました」
 保護者たちの殺気を目にして潔く頭を下げたのは、鯰尾藤四郎である。名乗り出たから折檻回避だよね? と冷や汗を流す兄を見て、薬研の手の中でぐしゃあっとエロ本が音を立てて握り潰された。
「鯰尾の兄貴……あんたの仕業か……」
「出来心でつい」
「つい、で済む問題か? よりにもよって身内の犯行となりゃ、俺は大将に合わせる顔がねえよ……!」
「ねえ、薬研さっきボクのことも疑ってたよね?」
 ぷるぷると拳を震わせる薬研に、ボクも身内なんだけど、とジト目を向ける乱。他の容疑者の面々は疑いも晴れたことだし、と薬研たちが爆発する前にとそそくさと部屋を出て行っている。切国は呆れたように溜め息を吐いて、後は任せたとばかりに襖の向こうへ戻っていった。怒りに震えている薬研を見て、鯰尾への仕置きに加わるよりもさっさとの様子を見に行こうと厚も踵を返す。
「……この、馬鹿兄貴!!」
 薬研の拳が正座している鯰尾の頭に突き刺さったのは、その次の瞬間だった。
 
 151127
ネタ提供:ジェーンドゥで、本丸に放置されていたエロ本を発見した主とブチギレセコムたち
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