「あーるじっ、これあげるね」
「わあ、何でしょうか?」
「えへへ、何でしょうー?」
 仕事中のに後ろから飛びついた黒と赤の影に、隣で文章のチェックをしていた厚は眉間に皺を寄せた。抱き込んだにシンプルな装飾の小箱を差し出した加州に、は嬉しそうに微笑む。点字のキーボードから手を離し、液晶から小箱に視線を移しては手の中に落とされた箱をじいいっと顔を近付けて見つめた。
「開けても?」
「もちろん!」
「……俺が開けてやるよ、大将」
「ありがとうございます、厚」
 過保護過ぎー、とぶーたれる加州を無視して、厚はの掌から取り上げた小箱のリボンを解く。中から現れた赤と銀のブレスレットに、はわあ、と顔を輝かせて、そして首を傾げた。
「あれ? どうして見えるんでしょう?」
 は弱視だ。眼鏡などの視力矯正器具でもどうにもならないほどの。彼女のくすんだ血色の瞳にはっきりと映るのは、彼ら刀剣やかの異形たち、この世ならざるものだけで。自らが身につけている衣服や液晶の文字など、本来ただの物体は見えないはずなのだ。けれど開け放たれた襖から差し込む陽の光にきらきらと反射する赤い石も、それを縁取る銀色もはっきりと目に映る。それを手に取った厚の眉が、ぴくりと動いた。
「そのブレスレット、俺の神気込めてあるんだよね。俺の一部って言ってもいいものだから、主の目にもちゃんと見えるってわけ。綺麗でしょ?」
「加州……とても綺麗です……ありがとうございます!」
 どんなに着飾っても髪を美しく整えても、自分の姿すらはっきりと捉えられない。けれど彼女だって年頃の女児なのだ。綺麗な装飾品への憧れもあるだろう、とを思ってこのブレスレットを贈ってくれた加州に、は感極まった様子で礼を言った。
「いつも主は俺のこと可愛くしてくれるしね、そのお礼だから」
「ありがとう、本当にありがとうございます、加州……! 」
「………………」
 そっと繊細な意匠の腕飾りを手に取ったの笑顔に、厚は思わず口を開きそうになる。けれど何を言ったらいいのか自分でもわからなくて、厚は開きかけた口を閉ざした。

「色が気に入らないんじゃない?」
 庭で短刀たちと戯れる。ぼうっと縁側での様子を眺めていた厚の耳元で、突然囁かれた声に厚はうおっ!? と奇声を発して飛び上がった。
「もー、そんなにびっくりしないでよ」
「な、何の話だよ」
「え、とぼけるつもり? あんなに面白くなさそうに睨んどいて」
 呆れたように腰に手を当てる乱に、厚はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「睨む? 俺がぁ?」
「わぁ、自覚無いんだー。厚兄さんってば仕方ないなあ」
「…………」
「はいはい、そんな怖い顔しないでよ。厚兄さんと喧嘩になったらボクが確実に手入れ部屋行きなんだから。あ、でもそうしたら主様にいっぱい構ってもらえるかなあ。ボクが主様のこと独占できちゃうね!」
「…………」
「……もー、目で訴えるのやめてよね。厚兄さん三白眼で怖いんだからあ」
 ヒラッとスカートを翻して、乱が立ち上がる。
「加州さんに嫉妬してるんでしょ? 厚兄さん」
「……は、」
「だってあのブレスレット、加州さんの瞳の色じゃない。主様の為の特別だもんね? あれじゃまるで、主様にとっても加州さんが特別みたい」
「ッ、」
「厚兄さんは、いつになったら自覚するの? これならボクはまだ、いち兄の方が良いって思うよ」
「乱、お前何言って……」
 スタスタと、乱は厚に意味深な言葉を残して去って行く。胸にモヤモヤとしたわだかまりを感じながら、厚は乱を見送った。

「ああ、俺の目の色だけど?」
「…………」
「別に変なもんは仕込んでないよ、俺は今はあっち側に加わる気は無いしね」
「じゃあ何で」
「嬉しいじゃん、主が俺の色身に付けてくれてたら。厚だってその気持ちがわかるから、俺にイライラするんでしょ?」
 加州の言葉に、厚はハッとして背筋を正す。自分は加州に苛立ちを覚えていたのかと、指摘されてようやく気付いた自分の嫉妬。
「俺はね、主のことが大好き。主が俺のこと可愛くしてくれて、着飾らせてくれて、撫でてくれたり褒めてくれたりして、俺のこと大好きって言ってくれることがすごく幸せ。刀剣だろうが付喪神だろうが、嬉しいって感じることを嬉しいと言うことは間違いでも何でもないって、俺はそう思う」
「……それでも、俺たちは分を弁えるべきだろ」
「それは、どこまでが使命感?」
 そしてどこからが厚個人の感情なのかと、加州は赤い瞳を眇めてみせる。
「お前の本質はむしろあっち側だよ、厚藤四郎」
「……ッ、」
「お前も、主に恋をしてみなよ。恋して、愛して、主を求めて……そうしたら、主に求められることがもっと幸せになる。お前は誰よりも一番主の傍にいるのに、その幸せを持て余してる贅沢なやつだよ」
 赤く塗られた爪を見下ろし、遠くを想うように指先を組み合わせて目を伏せる加州。
「主をただ守りたい、なんて自分のしたいこともわからずにいるようなら、お前もいつかあっち側になっちゃうよ?」
「俺はそんなことしない」
「……今はそうだろうね」
 目を鋭く吊り上げる厚を見下ろして、加州は目を細める。踵を返す加州は、ひらひらと顔の横で手を振った。
「そうそう、あのブレスレットだけど。確かに赤は俺の目の色だけど、銀色はお前の目の色にしてやったんだよ」
「!」
「まあ、虫除けくらいにはなるでしょ」
 今度こそ去って行った加州の背中を、厚は無言で見送った。
「……大将の、」
 一番近く。そこにいる自分は何なのか。近侍であること、それ以上もそれ以下も望まなかった。それが正しいことだと信じていた。
「…………」
 のことは好きだ。その感情は色恋などではないと思っていた。思っていたかった。それなのに、躊躇いなくへの恋情を口にする加州の方が、何故か正しく思えて。それがひどく悔しくて、厚は自分の唇を噛み締めた。
 
160128
ネタ提供:他の刀剣男子が自分の瞳の色の装飾品を、審神者に送ってそれを見につけてる姿を厚が見て、なんだかもやもやする厚藤四郎
BACK