「……目を悪くするぞ」
 鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけてテレビを見ているに、大倶利伽羅は思わず声をかけずにはいられなかった。今更目を悪くするも何も、の弱視を鑑みれば詮無い忠告であるのだが。どこか可笑しそうな表情の前田をなるべく視界に入れないようにしつつ、の脇に手を入れて抱っこするようにテレビの前から引き離す。だいたい前田も平野もしれっとした顔をして茶の用意をしているが、テレビとの距離について何も言わなかったのか。この二振りは常に影のようにに付き従ってはいるものの、どこか放任主義というかのやることなすことを本人任せにしすぎている節がある。そこまで考えて、自分がまるで世話焼きのように思えてしまって大倶利伽羅は思考を打ち切った。普段はテレビよりもラジオを好むが、いったい何をこんなに夢中になっていたのかと、大倶利伽羅もテレビに視線を向ける。
「……お子様ランチ?」
 怪訝そうな大倶利伽羅の声色に、は恥じ入るように頬を染めて俯く。バツの悪そうなその表情は年齢不相応なまでに『いい子』であるには珍しく、大倶利伽羅はぱちりと目を瞬いた。
「食べたいのか」
「……はい」
 蚊の鳴くような声で、真っ赤な顔のは頷く。存外子供らしいところもあるのだと思いながら、大倶利伽羅はテレビに目を戻した。白いワンプレートの上に飾り付けられた、子供の好きそうな品々。プリンのような形に固められたケチャップライスには用途のわからない旗が立っていて、小さなハンバーグはハートやら猫やらの形をしている。添えられているのはミニトマトやフライドポテト、ナポリタンやギザギザに切られたゆで卵などか。なるほど普段和食に慣れたにしてみれば物珍しいだろうと、大倶利伽羅はひとり頷いた。
「……この程度なら作れる」
「えっ?」
 ぼそりとした大倶利伽羅の呟きが聞き取れなかったは、不思議そうに首を傾げる。そのまま部屋を出て行く大倶利伽羅にはわたわたと慌てていたが、元より大倶利伽羅を猫か何かのように思っているらしい主は必要以上に大倶利伽羅に干渉しようとはしない。おろおろと大倶利伽羅を見送るの後ろで、短刀のくすくすという笑い声が響いた。

「……わあ、」
 感嘆の声に、悪い気もせず大倶利伽羅は黙って腕を組む。主専用特別メニューに他の刀剣がわらわらと集まってくるのは煩わしかったが、の喜ぶ顔は存外胸の満たされるものだった。
「大倶利伽羅、すごいです……!」
「たいしたことじゃない。早く食べろ」
「はい! ありがとうございます!」
 ぶっきらぼうな返答にも怯むことなく、はにこにことちゃちなフォークを掴む。最初は箸をつけようとした大倶利伽羅に、「こういうのは雰囲気も大切にしないと」と言って歌仙がつけたものだった。そのときは食べやすければ何でもいいのではないのかと思ったが、こうして見るとなるほど歌仙の言うこともわかる。本人は気付かないが、大倶利伽羅の頬は誰が見てもわかるほどに緩んでいた。
「君がこういうものを作るのは、珍しいね」
「……お前みたいに、見栄えに拘る必要を感じないからな」
 同郷の刀の言葉に、素っ気ない返事をする。けれど光忠は何が面白いのかくすくすと笑った。言いたいことはわかる。見栄えはどうでもいいと言っているくせにお子様ランチなるものを作っているのだから、実際可笑しいだろう。むすっとそっぽを向いた大倶利伽羅だが、そんな見かけ上の不機嫌など今更気にするような光忠ではなかった。
「君、けっこう料理上手だものね。見なよ、主のあの嬉しそうな顔」
「……あいつが楽しいなら、それでいい」
「うん、そうだね。君は主想いだから」
「そんなんじゃない」
 反論しても、反抗期の弟を褒めるような光忠の笑顔は変わらない。これはいくら言ったところで、照れ隠しと思われるのが関の山だ。そんなんじゃないと、胸の内で同じ言葉を繰り返した。
(本当に主想いなら、)
 とっくに斬って捨てている。この本丸を維持するだけで、一体どれだけ寿命を削っているのか。こんな子どもを、と刀剣たちはを憐れむ。けれど大倶利伽羅に言わせれば、こんな子どもだからこそだ。他の審神者や本丸がどうだかは知らないが、は自分たちを呼び出す際に霊力だけではなく寿命をも消費している。人の身で神を使役する代償だろう。残りの寿命が多い子どもだからこそ、多くの神を呼び出してもまだ生きているのだ。まだ神格の低い付喪神だから一つ一つは大したことがないものの、塵も積もればというものだ。今のは、知らず刀剣男士たちに魂を食い荒らされている。戦いが終わったところで、そう長くは生きられないし、もう現世には戻れない。一部の刀剣たちが望むように、あちら側に魂の残滓を持っていかれるだろう。
(今ならまだ、せめて人の身で死なせてやることができる)
 だいぶ欠けてしまった魂だが、正しい命の流れに戻れば永い時間をかけて癒されるだろう。そうしてまた、命の営みの中へと戻ってくる。今度こそは、真っ当な両親に愛される道だとてあるだろう。
けれど、大倶利伽羅はそれがわかっていてもを斬ることができなかった。この本丸が、常日頃の口癖とは裏腹に心地いいのもある。けれどそれ以上に、あの小さな手を離すのが惜しかった。大倶利伽羅との距離を測りかねて恐る恐る、時には大胆に触れてくる手が、惜しくなってしまった。
 だから、大倶利伽羅は決して主想いなどではない。そう自分に言い聞かせて、主の幸せそうな顔に胸を焦がすだけだ。本当に優しくなれなくてすまないと、言える日はおそらく来ないだろう。
 
180104
フリリク:100000hit企画にあった大倶利伽羅のお子様ランチの話or同様に刀剣達の返答を元にしたお話。
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