「はぁい、こんにちわぁ。ルフの宅急便でーす」
その少女は、唐突にアリババたちの目の前に現れた。
「君にルフの声のお届け物だよぅ。今なら大出血セールで受信無料でーすよー」
歌うような、しかしどこか気だるそうな声。艶めく黒檀の長い髪に、ダークブラウンのキャスケットが乗っていた。キャスケットの頭頂部には黒いリボンが兎の耳のようにピンっと立っている。キャスケットと同じダークブラウンのベストの下には、パリッと糊の効いた長袖のワイシャツを着込み、その首元には臙脂色のネクタイがきっちりと締められていた。膝上まで覆うゆったりした黒のハーフパンツ。その腰ではいくつもの鎖や金属製の部品がじゃらじゃらと揺れている。膝から下の足は紺と赤のアーガイル柄のハイソックスで覆われ、泥汚れひとつ無いダークブラウンのローファーがきらりとシンドリアの眩しい陽光を受けて反射した。つまるところ、アリババたちにはまったく馴染みのない服装で、この南国シンドリアにおいてはひどく暑そうかつ場違いな格好である。
目の前に現れた少女にただ呆然とするアリババたちの前で、少女の帽子のつばの陰でやはり気だるそうだった瞳がきらりと煌めいた。深い森の色に銀色の星が散ったような独特の虹彩に、アラジンが魅せられたように深い溜め息を吐く。
「おやまあ、そっちの君はルフの宅急便なんか要らない人ですねー。でもまあ、君の分もお届け物、受け取ってねぇ。そこの赤い君にも、数は少ないけれど素敵な贈り物、あるよぅ」
独特の緩慢な口調に呼ばれたアラジンとモルジアナがハッと背筋を正すのと同時に、少女が腰にベルトで提げた革のポーチから封筒を取り出す。赤、青、黄のインクでそれぞれに宛名が書かれた白い封筒を、少女はアリババたちに差し出した。
おずおずと三者三様に封筒を受け取り、なんとなく少女へ視線を送る。それに対して少女は、さあ開けてと言わんばかりににこりと微笑んだ。その笑顔にアリババたちはインクと同じ色の封蝋がされた封筒へと手をかけ、それぞれに封を開ける。途端、封筒の中から眩いばかりの白い鳥――ルフが舞い上がり、三人を包んだ。
「うわっ!?」
「……っ!!」
「あ……、」
それぞれに声を上げる三人の胸の中に、突如駆け抜けていく感情の嵐。信頼、ぬくもり、希望、願い、心配、祈り――暖かな想いの数々が、彼らの胸の裡を駆け抜け――ルフが飛び去っていくのに合わせそれらも消えて行った。
「今のは……」
「……お姉さん、君は、」
アラジンが、信じられないものを見るかのような目で少女で見る。今彼らに起こった現象は、アラジンが持つソロモンの智恵という力に酷似していたからだ。大いなるルフの流れにアクセスし、そのルフの持つ記憶を読み取る力に。
「君はいったい、誰なんだい?」
アラジンの胸は高鳴っていた。彼だけに与えられたはずの叡智を持つ存在に危機感を覚えたからではない。少女は彼らの敵ではないと、アラジンにルフが語りかける。アラジンの胸は、期待と喜びに高鳴っていた。
「私ですかぁ? さっきお伝えした通りの、しがない宅配業者ですよーう、ルフの宅急便ー。まあみんなは、って呼ぶんですけどー、呼び名はお好きにどうぞぅ」
気が向いたらどうぞーご贔屓にぃ、と少女――は笑う。キャスケットを取って一礼し、顔を上げたの瞳の深緑の中で、銀色の星が瞬いた。
150718