! 来ていたのか!」
「おやまあ、シンドバッド君。こんにちわぁ」
「こんにちはじゃない! お前が来たってことは、」
 アラジンが更に問いを重ねようとしたところで、割り込んできた声。ズカズカとやってきたシンドバッドは、近くまで来てようやくアラジンたちの存在に気付いたかのように言葉を切った。
「……彼らにも、『ルフの宅急便』を?」
「そうだよぅ」
 苦々しい顔でに問うたシンドバッドと、それを淡々とした声音で肯定した。彼女の星が瞬く深緑の虹彩からは、既に笑みの色は消えていた。
「あの、えっと、今のが『ルフの宅急便』なんですか? これっていったい何なんです? それに……さんは、」
 しかしアリババが戸惑ったように声を上げると、は再びにっこりと笑って口を開く。それを見たシンドバッドが絶句するが、は構わず言葉を紡いだ。
「『ルフの宅急便』っていうのはねー、おーさまとその周りの人にぃ、『みんな』の声をお届けする職業だよぅ。もうかれこれ勤続年数数百年ー、そろそろ褒められてもいいと思うんだぁ」
「数百……ッ!?」
 の口から出た年数に真っ青になったアリババを置いて、シンドバッドがだんっと地面を踏んだ。
「お前の基準が解らん! 王というからには金属器使いに送っているのかと思えばそうでない人間にも渡しに行くし、金属器使いであるアリババ君にも今の今まで渡しに来なかった。バルバッドが共和制になった後にアリババ君を王と呼ぶ根拠は何だ? そもそもそんなに笑顔のお前を俺は初めて見たぞ!」
「質問はひとつずつお願いしますよぅ。お届け先を選んでるのは私じゃないでーす。ルフの流れに従っているだけでーす。そして好感を持つ相手に笑顔になるのは当然のことですよーう」
「俺に好感が無いような言い方はやめてくれ」
「無いような、じゃあなくてー、無いんですよー。あ、それよりもー、相変わらず素敵な前髪の君にもお届け物だよぅ。今なら大出血セールで受信無料でーすよー」
「いつだって受信無料だろう!」
 飄々とした調子でシンドバッドの言葉を躱すは、革のポーチから紫のインクで宛名の書かれた封筒を出す。それを受取りながら、シンドバッドは溜息を吐いた。
「ジャーファルたちの分もあるんだろう。俺が持っていくから寄越してくれ」
「だーめですよぅ。直接宛先にお届けするのが私の仕事ですぅ。職務怠慢反対ぃ。ほら、サボり魔の君の背後からー、鬼のような形相のぉ、ジャーファル君がー」
「何っ!? もうバレたのか!?」
 がシンドバッドの背後を指さすも、振り向いたシンドバッドの視界には緑のクーフィーヤをなびかせる政務官の姿は無く。計られたと悟ったシンドバッドがに視線を戻した時には、既にの姿はそこからかき消えていた。
「あいつ……!」
「き、消えた!?」
「臭いも残っていません……」
 騙されたことに悔しがるシンドバッドと、現れた時とは反対に何の前触れもなく消えたに驚くアリババたち。
「……ああ、はいつも急に現れては急に消えるんだ。どういう原理なのか、あいつが何者なのかもまるで判ってはいない。『ルフの宅急便』の配達人という他は、何も」
さんは、マギなのかい?」
「いいや、確かに魔法を使っているかのように思えたから、俺も昔そう訊いてみたんだが、マギどころか魔導士ですらないらしい」
「え、あれは魔法じゃないんですか?」
「本人曰くそうらしい。もっとも、魔法でなければ何なのか訊いても『機密事項です』としか返ってこないんだが」
「不思議な人ですね」
「まったくだ、しかし……」
 シンドバッドが、自分の手にある封筒へ、そしてアリババへと視線を移す。探るような視線に、アリババはさっと背筋を正した。
が来たということは、アリババ君も……」
 意味ありげに呟いたシンドバッドに、アリババはその続きを尋ねようとする。しかしその背後に嘘から出た真ならぬ鬼が見えたため、アリババはきゅっと口を噤んだ。
「シン! 貴方って人はまた仕事をサボって!! が教えてくれましたよ!」
 アリババの様子に怪訝そうにしたシンドバッドが振り向くより先に、片手に緑の封蝋がされた封筒を持ったジャーファルがシンドバッドに飛びかかる。あの裏切り者ぉおおおおお、と叫ぶシンドバッドの声が、シンドリアの青い空に響いた。
 
150718
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