「はぁい、こんにちわぁ。相変わらず前髪が前傾姿勢のセンスな君にぃ、ルフの宅急便ー。今なら大出血セールで受信無料でーすよー」
「……お前この間はよくもジャーファルに言いつけてくれたな」
「職務怠慢反対ぃ、でーすよーう」
夜中ひとりで晩酌していたシンドバッドの背後からひょっこりと現れた声。塔の最上階の窓に突然現れるくらいではもはやシンドバッドは驚かない。先日サボリを言いつけられた恨みをぶつけんとの頭に手を伸ばすが、その手はあっさりと躱され、くるりと宙を舞ったが天井へと腰掛ける。表現がおかしいと思うかも知れないが、事実は天井へと腰を下ろしていた。重力など知ったことではないと言わんばかりに、平然とシンドバッドから見れば逆さまの姿勢で天井に腰を下ろしているに、シンドバッドは頭を抱えた。
はどうにもあの気まぐれなマギを思い起こさせてならない。シンドバッドの目の前でユナンとが並んだことはないが、実際に二人が並べばそこがシンドバッドにとっての地獄になるに違いなかった。の顔の作りは整っているし、ミステリアスな雰囲気も含めては魅力的な女性だと認めているが、酒が入っていても決して手を出さない程度には彼女に対して複雑に思うところのあるシンドバッドであった。
「はぁい、今回のルフの声ー、確かにお届けしましたよぅ」
の手からひらひらと落ちてきた紫の封蝋がされた封筒を、シンドバッドはパシッと掴む。眉間に皺を寄せて、シンドバッドは溜息を吐いた。
「どうせ俺のはまた、半分は黒ルフなんだろう?」
ちゃんと聞くけれど、と封筒に手をかけるシンドバッドに、は淡々と言葉を返す。
「シンドバッド君はぁ、もうちょっと自身の行動を省みた方がいいってことですねぇ」
しかしその声は、ピイピイ鳴く白ルフとビイイと鳴く黒ルフの声に阻まれてシンドバッドには届かなかった。シンドバッドの胸の中を、暖かな感情と共に底冷えするようなどろりとした暗い感情が突き抜けていく。その余韻が消え去った後に、シンドバッドは口を開いた。
「君はいったい、何の為に封筒を届け続けるんだ」
「ルフの宅配便はー、私の目的じゃあないですよぉ、シンドバッド君。あくまでこれは私の仕事でー、私の義務でーす」
「…………」
「強いて言うならー、そうですねぇ、おーさまに何度でも思い出してもらうためですかねー」
「……『誰が』、『何を』、王に思い出させたいんだ?」
「『誰が』の方はぁ、機密事項でーすよー。『何を』、はそうですねぇ、まあいろいろですよぉ」
「全く答えになっていないぞ」
「好きな人にだったらもうちょっとちゃんと答えますよーう。まあ、そもそもー、シンドバッド君みたいなこと訊いてくる人には大抵ぃ、シンドバッド君並の好感度しかないんですけどー」
「参考までに、俺と同じことを訊いたやつの名前を訊いてもいいか?」
「個人情報保護って言葉、知ってまーすかぁ? まあきっとぉ、やらしーシンドバッド君はそんな言葉知らないんでしょうけどぉ」
淡々と――緩慢な口調のせいで判りづらいが、至極感情の乗らない声で淡々と話すの深緑の瞳で、銀色の星が流れた。
「おやまあ、もうこんな時間ですねぇ。私は次の受取人のところに行きますよぅ、さようならぁ」
「なんだ、今回は俺が最後なのか」
がさよならを口にするのはその国での最後の受取人の前でだけだと知っているシンドバッドはひょいっと片眉を上げる。大抵最初でも最後でもなく真ん中あたりで誰かのついでのように渡されるシンドバッドにしては珍しいことなので、別に最後だからと何かしら特典があるわけではないが少し嬉しくなった。
「……まあ、たまにはシンドバッド君とお話するのもいいかなぁってー、思っただけでーすよぅ。この先行くところに較べたらぁ、遥かにー」
「この後はどこに行くんだ?」
「煌でーすよーう。あそこぉ、私を捕まえようと追いかけ回してくるのがー、確実に三人……四人はいるのでー、面倒で面倒でー」
「訊いといて何だが個人情報保護はどこにやったんだお前」
「個人名出さなきゃセーフでーすよー」
しかしそろそろ本当に行かなきゃあ、と腰に下げた丸い金属の蓋をぱちん、と開ける。緑に銀が散った虹彩が、ぐるぐると回り続ける長さもバラバラな49本の針の動きを追う。はそれを懐中時計と呼んでいたが、それを時計と呼ぶのはきっと彼女だけだろう。何しろその針は右にも左にも動くし、指し示されるべき数字は記されておらず、様々な色と大きさの球体が盤上で巡り続けているからだ。
「……気をつけるんだぞ、」
「お気遣いありがとうございますー」
目も合わせずにシンドバッドに返事をしながら、時計の針を目で追う。ひときわ大きく光る紫の球体に最長と最短の針が同時に重なった瞬間、ぱちんと蓋を閉める音と共にの姿は消えていた。
150718