夜中の禁城の一室に、くるりと踊るように現れた影。艶めく鴉の濡れ羽色が、さらりと揺れた。
「はぁい、こんにちわぁ。ルフの宅急便でーすよーう」
「今は夜中だ、こんにちはではないだろう」
「紅炎君はー、相変わらず面白みのない子だねぇ。そしてその剣を下ろそうかぁ。私を捕まえようとするのはぁ、いい加減に諦めましょうよー」
「お前の口を割れば、世界の真実が近付く」
「何でこの国の人はみぃんな、暴力にものを訴えるんでしょうねぇ。それはともかくー、お届け物ですよぅ、今なら大出血セールで受信無料でーすよー」
 お決まりの文句と共に、紅いインクで宛名が書かれた封筒を紅炎に差し出す。それを受け取るどさくさ紛れに掴まれそうになった腕をひらりと躱して、は銀の星が散る深緑の瞳を瞬かせた。
「ほんとー、この国来る時だけは自分の職務への忠実さを呪いたくなりますよーぅ。比較的無害な面々にだけぇ、全部まとめて渡して帰りたいー」
「それでも直接渡しに来るんだろう」
「お仕事ですしぃ」
 用は済んだとばかりにスタスタと窓に向かうの背中に、紅炎は問いを投げかける。
「いつものことだが、お前はいったいどうやって移動しているんだ、転移魔法か?」
「魔法じゃあないですよぅ、そんな大層なものはー、私には使えませーん」
「なら何故お前は瞬きの間に煌の国内どころかレームやシンドリアまで行ける」
「うーん、別にぃ、移動してるわけじゃあないんでーすよー」
 窓の桟にピカピカの革靴で乗り上げながら、は振り返る。その深緑で飛び散った銀色が、の背後の闇に溶けて消えた。
「私はー、どこにだっていますしぃ、どこにもいないんでーすよーう」
 言い終わるや否や、窓の外へと身を踊らせる。紅炎が駆け寄って窓の下を覗き込んだ時にはもう、そこには銀の星屑の残滓さえ残っていなかった。
 
150719
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