「はぁい、こんにちはぁ。相変わらず諦めの悪い君にルフの宅急便ー。今なら大出血セールで受信無料でーすよー」
「あら来たの、。相変わらずの哀れで綺麗な姿ね」
 音もなく目の前に現れた深緑の空に輝く銀色の星。漆黒のインクで宛名が書かれた封筒を、それを持つの細い手首ごと捕まえて玉艶は微笑んだ。
「迷子の迷子の伝書鳩。ソロモンの傲慢で器を与えられてしまった哀れな醜い小鳩」
「傲慢ではなくてー、御慈悲だとー、もう百回以上は言ってますよぉ、アルバ君ー。あれぇ、今は玉艶君だったかなぁ? ウーゴ君ではないことは確かだよねぇ」
「……あなた意外とお馬鹿さんよね」
「元の頭がぁ、すっからかんの鳥頭ですからぁ。あのお方は最高の器を与えてくださいましたけどー、やっぱり元がダメですしぃ」
 の言葉にふふっと笑った玉艶は、いつの間にかの手が封筒だけを残して玉艶の手から逃れていたことに驚きはしない。はそういう存在なのだ。どこにでもいるし、どこにもいない。たとえ鎖で雁字搦めに縛り付けようと、次の瞬間には何食わぬ顔をして何にも縛られずにその辺を歩いているのだ。
「この封筒を開けると、いつもあなたがかの王に拾われた日のことを思い出すわ。致命的な障害を持って生まれてきて、親にも捨てられて、飛ぶこともできない未熟な翼を震わせて道端に転がっていたあなたを」
 懐かしむように言いながら、躊躇うこともなく封を破る玉艶。舞い上がった黒いルフたち。怨嗟の声、憎しみの炎、どろりと濁った恨み、怒り。それらの感情を嗤いながらも、ひと欠片だけ混ざっていた悲しみに眉を顰める。遠く遠く、時間や世界を超えた遥か遠くから彼女に呼びかける声。けれどもそれは、玉艶が振り払うよりも先に消えてしまう、遠い思い出の残滓。
「……まともな体を持たずに生まれてきたあなたは……そのまま衰弱して死ぬはずだった」
「ええ、そーうでーすよーう」
「臓器も骨格も未熟で、おまけに盲目で。盲いた緑の眼の中に、銀色の星が光っていたわ」
「病気だったかー、先天的な障害の一種でー、そういう見た目の瞳になるらしいですよぅ」
「私はそれを、美しいと思ったの」
「ありがとうございますー」
 今もなおその瞳は玉艶の眼前で輝いている。深緑の空は、目の前にいる玉艶を映してはいなかった。
「ねえ、。あなたはいつ後悔するのかしら、そんな体になってしまったことを」
「たぶん一生、後悔しないと思いますよぅ」
「もう二度と巣には帰れないのに、可哀想な子」
「王の選定者としての役割を忘れた君には言われたくないでーすよぅ。職務怠慢反対ー。勤労は美徳でーすよー?」
「あら、私は働いているわよ。ずっとずっと、マギであることよりも余程重要な、ただひとつの目的のためだけに 」
「言われてみればぁ、それもそうですねぇ」
 一瞬銀色を不穏に瞬かせただったが、玉艶の言葉にあっさり頷くと腰から懐中時計を引っ張り出す。その盤上であらゆる光を飲み込む黒い穴にいずれかの針が重なる瞬間を見ることもなく、はぱちんと懐中時計の蓋を閉めて姿を消してしまった。
 
150721
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