「昔の偉い人は言いましたぁ、鳩のように素直であれとー……」
「だからといって姫様の手料理を勧められて素直に食べるとか貴方は馬鹿なんですか!?」
「ちなみにぃ、その言葉はぁ、蛇のように賢くあれー、という言葉から続くんですよぅ……」
「なるほど、蛇のように賢くないから貴方は毎回姫様の手料理を食べて悶絶するんですね」
「蛇なんて嫌いですよーう……あの陰険鬼畜野郎共ぉ……」
禁城の一室で、寝台の上のが銀色の星を曇らせて呻いていた。緩慢な口調もだいぶ力がない。そんなをぷりぷりしながら青舜が介抱していた。
「うぅ……どこにも存在しないはずの私の胃袋にぃ、大打撃を与えるとはー……白瑛君の手料理おそるべしー……」
「貴方それ毎回言ってますからね、いい加減学習してくださいね」
いつも素敵なお手紙をありがとう、と毎回に手料理を作る白瑛と、それを毎回平らげては死にかける。どこにでもいてどこにも存在しないという特性ゆえに死という概念を持たないをして、命の危機を感じさせる白瑛の料理は見事というほかない。
「遠まわしなー……仕返しなんですかねぇ」
「何がですか?」
「だって白瑛君はぁ、いつも泣いてるでしょうー?」
「…………」
封筒を開けた後、いつも独りで部屋に閉じこもって泣いている白瑛の姿を、二人は知っている。もしかしたら白瑛は彼女に悲しみを運ぶ自分のことを疎んでいるのではないかと、は呟いた。
「……他人の感情には敏いくせに、自分が関わることとなるとてんでダメですね、貴方は」
「えぇー、いきなりダメ出しですかぁ?」
「姫様はいつも仰ってますよ、兄上や父上が見守って下さっているようだ、って。この手紙があるから、煌の正義を信じられるんだって」
「ならどうしてー、白瑛君は泣くんですかあ」
「それは貴方が、一番よくわかっているでしょう?」
「…………」
ごろんとうつ伏せになったが、枕に顔を埋める。それが拗ねたの癖だと知っている青舜はふふっと笑った。
「大丈夫ですよ、姫様は貴方のことが大好きです。じゃなきゃ、毎回張り切って手料理量産したりしませんよ……ほんと……」
ぐっと、青舜が膝の上で拳を握り締めた。それが白瑛の手料理の悲惨さを思い出したが故なのか、それとも他の理由によるものなのか解らない。
「……まあ、たとえ白瑛君や青舜君が受け取り拒否しようとぉ、私はどんな手を使ってでも封筒を受け取らせますよぉ」
「安心してください、拒否なんてしませんから」
春の空の色をしたインクで宛名が書かれた封筒を、ひらひらと青舜が振る。その封筒の中の想いに、敬愛する主君からの信頼が込められていることを知っていた。白瑛の、夏の空の色をしたインクで宛名が書かれた封筒の中に、青舜の抱く崇敬が込められていることも知っている。
言葉では伝わらない想い。伝えそびれた想い。近くにいるけれど、つい忘れがちな想いを、ルフの宅急便は思い出させてくれる。それを拒否するつもりなんて、彼らにはなかった。
「ねぇ、」
「なんですぅ?」
「貴方は、誰から封筒を受け取るんですか?」
それは素朴な疑問だった。彼女を想う人はたくさんいる。彼女が想う人だって、いるに違いなかった。彼女の想いは、彼女への想いは、誰が届けるのだろう。
「……いませんよぅ、そんな人ー」
むくりと身を起こしたが、朗らかな笑顔で口を開く。絶句した青舜の前で、何も映さない深緑の空がきらめいた。
「私はぁ、どこにも存在しない人間なんですからー、住所不明の人間に届く手紙なんてぇ、ありませんよぅ」
青舜がはっと息を呑む。
ただただ美しい銀色の星のきらめきを残し、の姿はそこから掻き消えた。
150723