「はぁい、こんにちはぁ。ルフの宅急便でーすよぅ。今なら大出血セールで受信無料でーすよー」
 誰もいない禁城の片隅で、は虚空に呟きながら革のポーチから封筒を二つ取り出す。もうその色がほとんど掠れてしまって、何と書いてあるのかも判らない、かろうじて青だと判るインクで宛名の残骸が記された封筒を、はその場で開封した。何年も昔に焼け落ちた跡であるそこに、もう当時の悲しみなど上書きされてしまったそこに、白い鳥が羽ばたく。開封はしたが、受取人ではないにそのルフたちが想いを語ることはない。の長い鴉の濡れ羽色をした髪が、飛び去っていくルフたちに煽られてさらさらと揺れただけだった。
「住所不明の人間に、送られる手紙なんて無いんじゃなかったんですか」
「おやまあ白龍君、こんにちはぁ。君にもお届けものですよぅ。今なら大出血セールで受信無料でーすよー」
 暗闇から現れて揶揄するように問いかけた白龍にさして驚くことなく、は銀色の星を瞬かせて革のポーチへ手をかけた。
「青舜が慌ててましたよ、貴方の気分を害したのではないかって」
「あれまあ、青舜君は優しい子ですねぇ。そんなに心配しなくてもー、怒ってなどいませんよぅ。そして白龍君ー、彼らの想いはここに眠っているのでぇ、彼らは住所不明ではないんでーすよーう」
「…………」
 冬の空の色で宛名が書かれた封筒を、白龍は受け取る。その青が年々だんだんと黒ずんでいることを、は知っていた。封筒の中に、白龍を案ずる彼らの想いが入っていることも、そちらへ行くなと訴えていることも。白龍が送り出す想いは、だんだん怨嗟の方が多くなっていることも。けれどはそれらのことに関して黙したまま何も語らない。
、あなたに聞きたいことがあるんです」
「なんですかぁ?」
「あなたが俺にこの封筒を届けるのは、姉上の……王の周りにいる人間だからですか? それとも、俺自身が王だからですか?」
「……君が、おーさまだからでーすよぅ」
 自分に関することはいい加減なことしか言わないが、それ以外のことに関しては嘘を言わないの言葉に、張り詰めていた白龍の表情が緩んで輝いた。自身が王の器である、金属器を得ることができるという希望に瞳をきらめかせ、手に持った封筒ごと握りつぶさんばかりの勢いでの手を取る。
「本当、なんですね、俺はきっと、力を得られるんですね?」
「君がそれを、望むのならぁ」
 肯定も否定もしない、がするのは可能性と事実の提示だけだ。けれどもそれを肯定と受け取った白龍は、目をギラつかせてに問う。
「あなたは俺を、王と認めてくれるんですね?」
「……私が認めるわけじゃあありませんよぅ。全てはあるがままー、定めのままにぃ、在るように在りー、為るように為るというだけの話、でーすよーう」
「それでも、あなたが認める事実において俺は王の器なんだ……、あなたは俺の味方でいてくれますか?」
 普段は淀みなく紡がれる緩慢な声も、この姉弟が関わるとどうにも歯切れが悪い。は緑と銀の瞳をそっと瞼の裏に閉ざして、重い口を開いた。
「……君が味方だと思うのならぁ、私は君の敵でー、君が敵だと思うならー、私は君の味方ですよぅ」
 全くと言っていいほど、彼らは似ていない。の唯一無二の主にしての救世主だった王を奪った彼女に、二人は全く似ていない。容姿は似ているかもしれないが、には容姿はさほど関係の無い話だ。
の言葉に考え込む白龍を思考の外に、の耳はかちりと腰に提げた懐中時計の針が為る音を拾う。時間だ、と音もなく呟いて、の姿はそこから掻き消えた。
 
150801
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