「……はぁい、こんにちはぁ。ルフの宅急便でーすよぅ。君には正直サービスなんかしたくありませんけどぉ、出血サービスで受信無料でーすよー」
「……遠くね?」
 嫌悪感の滲む声と共にひらひらと落ちてきた封筒を受け取って、青秀は屋根からぷらーんと恨めしげな目でこちらを窺うに胡乱な目を向ける。青紫のインクで宛先が書かれた封筒をしまい込むと、それを確認してさっさと消えようとした宅配業者を呼び止めた。
「なーんでーすかぁ、私は蛇という生物が嫌いだと既に1392回申し上げてるはずでーすよーう。今ので1393回目でーすねー」
「俺は蛇じゃねーよ」
「まったくぅ、偉大なるあの方の御慈悲はありとあらゆる命にぃ、この醜い伝書鳩にすら及ぶとはいえー、こんな陰険鬼畜野郎共にまで生存権を残すなどー、寛大にもほどがありますよーぅ。今だけお恨み申し上げますぅ、まあ鳥頭なんで三分後には忘れてるでしょうけどー」
「どんだけ蛇嫌いなんだよ」
「それはもうー、蛇蝎のごとく嫌いでーすよーう、蛇だけにー」
「上手いこと言えてねえよ」
 青秀が一歩近付けばササッと二歩分逃げる。屋根の上からぶら下がった状態で何故そんなに器用に動けるのか実に不思議であったが、それはこの際どうでも良かった。
「若も不思議そうにしてたぜ、アシュタロスの魔装の時は近くに寄ってこないから捕獲できる確率が余計に下がるって」
「どこにもいない人間を捕まえるのはぁ、そもそも無理だとお伝えしておいてくださいー。私は蛇が嫌いなんですよーう。それはもう蛇蝎のごとくー。アシュタロス君には悪いですけどー」
「何でそんなに嫌いなんだよ……」
「……私はかつてー、未熟な体で生まれてきた醜い鳩の子どもでーしたー。死にゆくのを待つだけの生、ろくに光すら映さない瞳が、チロリといたぶるように奴の舌先に弄ばれた日は忘れもしませんよーう……」
「お、おう」
 緑の空に煌めく銀色が、恒星のような輝きを帯びる。キャスケットの上の黒いリボンも、憤りに同調するようにピンッと伸びたのは錯覚だろうか。錯覚に違いないと青秀は思うことにした。
「奴はそのいやにしっとりとした湿った不快な鱗だらけの体で脆弱な私の骨格をバキ折りつつ締め上げ、逃げられもしない私が逃げないようにとおぞましい毒の牙を突き立てると、もういっそひと思いに呑み込んでくれればいいものを、遅効性の毒に苛まれ私の命が消えていく様をそれはもう愉しそうに視姦しやがったんですよ、おそらく私がようやっと毒で息絶えてからまるっと呑み込むつもりでいたに違いないですよあの陰険鬼畜野郎」
「おい普段の口調はどこ行った」
「奴への怒りを思い出すとー、ついペラペラと上手いこと喋ることができるのでーすよーう。奴のおかげだと思うとー、死ぬほど腹が立ちますけどぉ」
「……それにしても、よく助かったもんだな」
「ええ、命尽きるそのまさに刹那ー、尊いお方が陰険鬼畜野郎を追い払いー、私をお助けくださったのでーすよう。鳥頭といえどぉこの私ぃ、命を救われ名と器と職務を賜った恩義は一生忘れなどしませんー」
 ふんっとドヤ顔で胸を張ったが、ハッとしたように長い黒髪を翻す。ジャラ、と音が鳴ったのは腰にぶら下げているいくつもの金属だろう。
「そういうわけでぇ、私は蛇が嫌いなーのでーすよーう。つまり私は君も嫌いですー、だから私はここでお暇させていただきまーすよー、さよーならー」
 パチン、と慌ただしく懐中時計の蓋を開けてはくるりと身を翻す。ひとり残された青秀は、ぽかんと口を開けてそれを見送った。
「忙しいやつだな……」
 本来彼も紅炎への書類を運ぶのに忙しい身であり、それをすっかり忘れていた青秀が楽禁たちにどやされたのは、その数秒後のことである。
 
151109
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