「私たちは、少し似ているね」
 麗しい魚座の彼は、毒花であるそれを無造作に手折った。
「私はこの薔薇の毒のために、君はその小宇宙と権能のために、人を遠ざける。こんなにも人が好きなのに」
 神である兄二人にも勝るとも劣らない素晴らしく整った作りの指にぷつりと毒の棘が刺さったが、アルバフィカの表情は微塵も動かない。
「……私たち、そんなに似ていないと、思うんです」
「どうしてかな?」
「アルバフィカは、それでも人を守ろうと戦うもの。私はこっそり見ているだけで、何もしないし何もできない……兄様たちも大好きで、どっちつかずの、卑怯者……」
 俯いたの頬に、アルバフィカはそっと指を滑らせる。幼い柔らかさを持ったその頬に触れることを彼は躊躇わない。彼の毒が、彼女を蝕み傷付けることは無いからだ。師匠を失って以来初めて得た、人と触れ合うぬくもりの貴さ。正確には彼女は人では無いのだが、それは孤高に生きる彼にとっては瑣末なことだ。
「君は、この聖域の中にあってもその権能を振るおうとはしない。君がその気になれば聖域は自滅し、君の兄神たちが喜ぶにも関わらずだ。そしてアテナの結界は君を拒まない」
 さら、と揺れる白い髪は、彼女の性情を表しているかのように穢れない。ゆるく波打つ髪に隠れた血のように紅い瞳は、常に憂いを孕んで揺れていた。
「君は尊い。美しく可憐な、夜の女神の愛娘。神々の楽園に住まうことを許された、偉大な神の一柱だ」
 魔宮薔薇ではない、ただ美しいだけの真っ赤な薔薇を一輪手折り、丁寧に棘を折っていく。の瞳よりやや深い赤の花を、そっと白い髪に差した。神と紛うほどに美しいアルバフィカに手放しに賞賛されて赤く熱を持った頬を、温度の低い指が愛しむように滑っていく。
「この薔薇を差して帰れば、君は兄神に怒られてしまうかもしれないけれど。それでも薔薇を贈らせてくれ、可憐な女神」
「……アルバフィカ、……」
 赤面したは、それ以上言葉を紡げずにはくはくと口を開閉させて美しい顔を見上げる。自分より遥かに永く生きているはずの神がひどく幼い情緒を残しているのがアルバフィカには何だか可笑しくて、けれど愛しかった。
「さあ、そろそろ君の怖い怖いお兄様が君の脱走に気付く頃だ。気を付けて帰るんだよ、可愛い神さま」
「……お花、ありがとう」
 そっとの小さな背中を押したアルバフィカに、は真っ赤な顔のままぽそっと礼を言う。それにひらひらと手を振ったアルバフィカの、浅葱色の髪が風にふわっと揺れて。
視界を覆った髪を除けた時にはもう、彼の前から愛しい神さまの姿は消えていた。
 
151015
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