「謝肉宴だ!」
 シンドバッドが日常の中に少女の姿を探している内にも日々は過ぎていき、また訪れた自然の脅威を打ち払ったシンドバッドに人々は歓声を上げる。喜びの声を上げて南海生物の解体に取り掛かった人々に声をかけ、シンドバッドは幾つかの骨と鱗を貰い受けた。

 宴の喧騒から折を見て抜け出し、浜辺に立ったシンドバッドは鱗と骨を海に流す。こんなもので誰の気持ちが安らぐというわけでもないが、とシンドバッドは持ってきた酒瓶の蓋を開け海に注いだ。
「祈りの言葉なんて、知らないしな……」
 がり、と紫色の髪をかき上げる。弔いの、真似事だった。
「――いいのよ、そんなものはなくても。悼む気持ちさえあるのなら」
「ッ!!?」
 後ろから聞こえた漣のような声に、シンドバッドは目を見開いてバッと振り向く。遠くから煌々と照らす明かりに仄かに照らされ、少女がそこに立っていた。
「君は……!」
 透き通るほどに白い肌が、ちゃぷ、と水面を割って鱗を一つ拾い上げる。さらりと揺れた髪の蒼が、海に溶け込んでいくようだった。
「……あなたたちはいつも言ってくれるわ、『南海の恵みに感謝を』、と……本当は、それだけで十分なのよ。命が繋がって巡っていくのなら、それでいいの。私は恨んだりなんかしてないわ、人の王」
 水に濡れた鱗を胸元に抱き締めて、ゆらゆらと揺れる水面の瞳がシンドバッドを見上げる。おかえりなさい、と鱗に囁いた少女に、聞きたいことはたくさんあった。けれどそのどれも言葉にならず、シンドバッドの喉からは単純な疑問が飛び出す。
「なら、どうして姿を見せてくれなかったんだ……!」
「元々、ヒトにはあまり関わらないようにしているのよ。あなたたちの理は、独特だから。あなたは積極的に私に関わろうとしていたから、なおさら」
「今、現れたのは……?」
「……嬉しかったの。いつもはアラとして捨てられるから。弔われて帰ってきてくれて」
 ありがとう、と少女は薄い笑みをシンドバッドに見せる。その笑顔に目を奪われたシンドバッドは言葉を失い立ち尽くしていたが、用は済んだとばかりに踵を返そうとした少女の細い手首を慌てて掴んだ。
「待ってくれ、君は本当に、南海の神様なのか?」
「……ヒトはそう呼ぶわ」
「君は、一体……?」
「さあ……わかるのは、この海が私で、私がこの海だってことくらい。子どもたちに触れたいと思ったら、器を得ていた。あとはよくわからないわ」
 遠くを見つめる万華鏡のような瞳が、静かにシンドバッドを見据えた。掴まれた手首を見下ろし、どうしたものかと思案するように首を傾げる。このまま消えられたらたまらないと、シンドバッドはひんやりとした手首にぎゅっと強く縋った。
「俺は君と関わりたい」
「…………」
「俺は君に惹かれてる。君のことを知りたい。君と時間を分かち合いたい。君は人と関わらないと言うけれど、本当は人とも触れ合いたいんじゃないのか? 人の営みに触れるのも、楽しいんだろう……?」
「……ええ、そうね」
「ならどうか、俺を避けないでくれ。君が俺に向き合ってくれるまで、俺はずっと君を追い続けるぞ」
 真摯な光を宿す金色に、少女は少しだけ困ったように眉を寄せる。
「……考えておくわ。私、あなたのことたぶんきらいだもの」
「なっ……」
 絶句したシンドバッドの手の中から、ひんやりとした感触が消える。目の前には既に少女の姿は無く、南海生物の骨と鱗も波が持ち帰ってしまっていた。
 
160221
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