「ESP能力者、ですか」
 三好の声は、胡散臭いと思っている響きを全く隠していなかった。小さなこどもを見下ろすというよりも見下している三好に佐久間が何か言いたげな顔をしているが、肝心のが福本お手製のおはぎを幸せそうに頬張っているので頬を引き攣らせるだけだった。
「しかも日本の敗戦を予言したとか。いやはや、大した現人神様だ」
「三好、子ども相手に何をムキになることがあるんだ」
「佐久間さんこそ。いつもの鰯の頭はどこにやったんです? あなたは真っ先に、敗戦という言葉に噛み付きそうなものですが」
 三好の痛烈な言葉に、佐久間は苦虫を噛み潰したような顔をする。確かにが見たという未来の話は根っからの軍人であった佐久間にとって許容し難いものだが、それとこれとは別である。そもそも佐久間にとっては、「大日本帝国の敗戦を視たと宣う超能力者」というよりも「カルトに狂った男に家族と故郷、体の一部を奪われた可哀想な子ども」という印象の方が強いのだ。正直超能力に関しては半信半疑であるが、に関して結城に言い付けられている任務は身の回りの補助である。妙なところで現実主義の佐久間は、幼い子供に特有の「みえないともだち」やら「ふしぎなゆめ」の延長線上にの千里眼を捉えている節があった。良くも悪くも、佐久間は自分の知らない世界に対して懐疑的である。ただそれが本当か嘘かということよりも、今はこの可哀想な子どもがここでの暮らしに慣れる方が先決である。それだけの話だった。
「三好、お前が六歳児であるならともかく、初対面の女児を相手に取る態度ではないだろう」
 至って真剣に諭す佐久間の言葉に、三好と共に食堂に入ってきていた神永が盛大に吹き出す。今度は三好が(ポーズかもしれないが)忌々しそうな表情になり、面白くなさそうにを睥睨した。
「それで? 聞いたところあなたの持論では未来は変えられるという話ですが、敗戦を避けるにはどうしたらいいんです?」
「……ううん、たぶん、むりです」
「無理? 中佐が直々に『本物』と認めたあなたが、無理だと?」
「……おい、三好」
 妙に喧嘩腰の三好に、さすがに佐久間が制止をかける。けれど三好はそれを無視し、はうーん、とおはぎの餡子を見つめながら何やら考え込んでいる。「大きくなれ」と言って二個目のおはぎを皿に乗せてやった福本が、ちらりと三好に視線を向けた。
「……たとえば、わたしがころぶ未来をみました」
「? ……ええ、」
「わたしはころびたくないので、つまづくはずだった石をよけました。これで、ころぶ未来はかえられました」
「…………」
「でも、ころぶ未来がわかっていても、その道をえらぶことしかできなくて、両手両足をおさえつけられていて、むりやりせなかを押されて、石につまづかされました。ころぶ未来は、かえられませんでした」
「つまり、『転ぶ』要因が多過ぎて、回避のために多少抵抗したところでどうにもならなかった、と?」
 の例えに、三好は顎に手を当てて考え込む。小さい胃がいっぱいになったのか二個目のおはぎを遠慮するの口に、福本が容赦なくそれを突っ込んだ。
「糖分は手っ取り早いエネルギー補給だ。この後は義足に慣れるための訓練もある、詰め込めるだけ詰め込め」
「福本……」
 無理に食べさせる必要はないのではないかと佐久間は渋い顔をするが、福本は腕を組んでがおはぎをちびちび咀嚼しているのを監視している。口を挟むなとでも言い出しそうなその雰囲気に佐久間が気圧される横で、はのんびりとおはぎを消化していく。やがて二個目のおはぎを嚥下しきったに、福本は緑茶を手渡してやる。これまたちびちびとお茶を飲んでいくに、また三好が猫のように目を細めて絡んだ。
「それで、さん? あなたは日本の戦況が、もう何をどうしたところで敗戦が変わらぬほど、詰んでいると言うんですね?」
「三好、お前も絡むなあ。ちゃん、鬱陶しいなら鬱陶しいって言ってもいいから」
 呆れたように言う神永も、結局への興味を隠しきれていない。三好と同じく、悪意混じりの好奇心を持ってやって来たに違いなかった。とはいえは『教材』としてここに保護されている以上、佐久間が庇える範囲にも限界があるのだが。さしずめ三好が圧迫要員で、神永が懐柔要員といったところか。わざわざそんな手間をかけたところで、心の読めるには無意味な気がしないでもない。は必要に迫られたとき以外は好んで『目』を使わないとのことだが、心が読まれているかどうかこちらには判らない以上、それはあまりにの良心に依存した期待だった。
「ごめんねちゃん、こいつ超能力なんて信じない! とか失礼なこと言っててさ」
「はあ、なるほど」
「……それで、こいつの名前でも当ててやれば信用するんじゃないかなー、なんて思うんだけど」
「神永、何を勝手なことを、」
 この機関において、それはタブーに等しい。三好も見かけ上、苛立ちと焦りを僅かに隠しきれずにいる様子を見せる。わざわざそんな小芝居をするということ自体、彼らが微塵もの『超能力』を信じていないことの証左でもある。けれど次の瞬間、三好の表情は凍りついたかのように一変した。
「――、」
 何の躊躇いもなく、求められたままには口を開こうとする。すう、とあどけない瞳が静かに凪いで、三好の姿を映した。三好だけではなく、佐久間も神永も、福本も硬直してその瞳に吸い寄せられるように魅入られる。小さな唇が最初の一音を紡ごうとした刹那、ぱん、と乾いた音を立てて三好の掌がその口を塞いだ。
「……疑って悪かったと、言うべきでしょうか」
 本人が意図したよりも勢いよく押し付けてしまったその手を引かせながら、三好が真っ青な顔で目を逸らしつつ謝罪を紡いだ。冷や汗すらかいているその様子は尋常ではなく、佐久間から見ても演技ではなく素の反応だと判る。その場の全員が、が本当に三好の本当の名前を言い当てようとしたことを理解していた。は口を塞がれたことも三好の顔色も気にした様子はなく、悠然と緑茶に口をつけて和んだ顔をする。
「あなた、結城中佐も『視』ましたね?」
 青ざめた顔とはいえ、確信を持っている顔で三好はに問うた。その場の雰囲気が、再び凍りつく。はそれを頷くことでさらりと肯定したが、でも、と眉を下げた。
「しゃべれなく、されちゃいましたので。そのことについてお話することは、できないんです」
 ああ、と佐久間は一瞬で理解すると同時にやるせなくなった。『本物』だと認めたのなら、あの魔王は真っ先に自分に関する情報を封じ込めるだろう。何の訓練も受けていない幼女の口を塞ぐことくらい、結城にとっては赤子の手をひねるようなものだ。果たしてその時にが幼い心に傷を負っていないかが気になったが、同時に気付く。そんなことを気にかけるのは、ここでは佐久間だけなのだ。
の言葉に、顔色を変えた機関生たち。たった今から、彼らは共通項として理解した。互いに自らの情報を奪われないために、あわよくば他の機関生の情報を得るために。教材として与えられた少女に関する最初の『課題』はそういうことなのだ。『本物』のESP能力者――自白剤でも拷問でもない、どうしようもないことで相手に見破られてしまったとき、その後はどう対応すべきか。
可哀想に、はこの後機関生たちに連れ回され、話すことを、或いは話さないことを強要されるのだ。さっそくを連れて行こうとする彼らを止める権限など、佐久間にはない。だっては、『教材』なのだから。
「……義足の訓練までには、帰してくれ」
 は何もかも判ったような顔で、大人しく腕を引かれていく。胸の痛みに俯いた佐久間に言えるのは、それだけだった。
 
170524
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