「カクテルって、いいよねえ。ピンクとかオレンジとか、いろんな色があって可愛いんだ。日本酒やビールもいいけど、やっぱりカクテルは……」
「『女の子みたいに華やかで色とりどりで素敵』?」
「そう。そうなんだよちゃん……! 女の子は無骨なビール野郎とは違って、みんな違うのに綺麗で可愛くてさ……だからあちこちに手を出したくなるんだよ」
「見事なまでに遊び人の台詞ですね、神永さん」
 神永の頬では、鮮やかな紅葉が見頃とばかりに存在を主張している。今日は一体どこで、引っかけた女の子に頬を叩かれたのやら。自棄酒で酔ったような絡み方をしているが、実際さほど神永が酔っていないことをは知っていた。そもそも、神永を含む三好の同期たちが酩酊して失態を晒すなど、ありえない話だ。彼らはそういう、生きものである。神永はただ、酔って弱音を吐き出す男に優しさを見せてくれる女がいることを知っているだけだ。別に自分をどうこうしたいからではなく、一種の職業病に近いものなのだろうとは思っていた。
ちゃんって、鉄壁ガードだよね……」
「?」
 熱っぽい瞳で自分を見つめる神永に、はグラスを磨きながら首を傾げる。天然か、とため息を吐いた神永は、トントンと指の先で自分のグラスの縁を叩いた。
「これ。俺、いつも女の子に振られた日に頼んでるのに、ちゃんってば全然気付いてくれないんだから」
 神永の言葉に、は目を白黒させてグラスを見下ろす。気付かない、とは何のことだろうか。まさかカクテルにいつも不備があったのだろうか。神永が修羅場の後に頼むのは、テキーラ・サンセット。その淡紅色が目に映った途端、さっと頭をある言葉が過ぎった。
 ――慰めて。
 饒舌だった神永が、ただをじっと見上げていた。色めいた視線が、を貫くように鋭さを帯びる。一瞬時間が止まったように、は神永の瞳に魅入られた。
 カクテル馬鹿の若きバーテンダーが、知らぬはずもない言葉。けれどまさか、神永がそういう意図でカクテルを頼んでいたなどと知る由もなく。マスター失格だろうかと悩みつつ、赤面を抑えては神永にニッコリと笑いかけた。それを好感触と捉えたのか、神永もにこりと無邪気なようで蠱惑的な笑みを浮かべる。は神永を見下ろして、完璧な営業スマイルで告げた。
「紅葉を増やしたくはありませんよね、神永さん」
「……ちゃんのいけず」
 期待を膨らませていた神永は、萎んだそれの代わりに頬を膨らませる。その様子が可愛いと思わないでもないが、生憎神永の一夜の恋人になる気は微塵もない。はただ、客に対してはマスターでありたいのだ。それにはっきり言って、遊び人に口説かれても嬉しくはない。
ちゃんの職人気質でストイックなところ、俺は好きだよ」
「お褒めに預かり光栄です」
 しかし、神永の口説き文句よろしく甘いカクテルを作るくらいの慰めであればの得意分野である。神永の惚気と愚痴を聞いて、彼の求める酒を作って。そうして更けていく夜はきっと優しいものになるだろうと、は僅かにズレたネクタイを直しながら頬を緩めるのだった。
 
170613
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