この人にしては珍しいものを頼むな、とは内心思いながら注文通りの品を作る。それを表情に出したつもりはなかったが実井にはお見通しのようで、悪戯っぽい笑みを浮かべて実井は言った。
「可笑しいですか?」
「いえ、そのようなことは。珍しいとは、思いますが」
 実井が頼んだのは、カルーアミルク。滅多に甘い酒を頼まず辛口のものばかり好んで飲む実井にしては、珍しい注文だった。それでも可笑しいなどとは、思ったりはしないが。
「同僚に言われたんです。僕はこういうものを好んでいそうだと」
「ああ……」
 確かに、実井の見た目は些か女性的な方向に傾いている。本人も「いろいろと便利」とそれを気に入っている節はあるが、それはともかく中身は少なくとも「可愛らしい」ものではない。しかしやはり、甘いものを手にしていても様になるのだから顔のいい人間は得だと、は思う。
「どうです? 」
「ええ、とてもお似合いですよ」
「それは何割が社交辞令?」
「いいえ、そんなことは全く。心からの言葉ですよ」
 そう、中身はともかく似合うことは事実だ。実井はたいへんに可愛らしい。中身はともかく。
「いやー、中身は可愛くもなんともないだろ。ちゃん、客相手だからって無理しなくていいんだよ?」
 ピシッと、空気が凍りつく。が内心思いつつも言わなかったことを大胆不敵にも言ってのけたのは、ほろ酔いになっている神永だった。神永に絡まれつつひっそりと飲んでいた三好が、「貴様は実に馬鹿だな」とぼそりと呟いた。
「神永さん、ひどい……! 僕のこと、そんなふうに思ってたんですか……?」
 瞳を潤ませ声を震わせ、実井が立ち上がる。三好が神永に対し、そそくさと席三つほどの距離を開けた。も、割れやすそうなものをそっと神永の周辺から遠ざける。慌てて弁解しようとした神永に、抱きつくような実井のヘッドロックが華麗に決まった。
「神永さん、ひどいです、傷つきました……! 気のおけない同僚にそんなふうに思われていたなんて、僕はとても悲しいです……!」
「ぐえ、締まる! 締まってる!!」
 実井の腕をタップして早くもギブアップを告げる神永と、それが聞こえないかのように涙ぐみながら締め上げる実井。三好のつまみを補充しながら、はこっそりと彼に問いかけた。
「あれ、わかっててやってる……のですよね?」
「あれが天然に見えるのなら、あなたは少し純粋すぎますよ」
 やがてゆっくりと、神永の体が崩れ落ちる。自分より大柄なはずの体躯を軽々と締め落とし店の隅に放った実井は、こそこそと話すと三好を向いて寂しそうな顔をしてみせた。途端に三好が、また我関せずと席を離れる。
「なんです? 内緒話ですか? 僕も混ぜてください」
「僕はトイレに行くから、どうぞお好きに」
 逃げられた、と思わずは顔を顰めそうになる。マスターとしての矜持から何とかそれを表情に出さずに済んだが、実井のことだからきっとそんなことは見透かしているのだろう。互いに白々しい茶番であるが、それを口にしないのはきっとどちらもプライドが高すぎるのだろう。
さん、僕は、仲間外れにされると寂しいですよ?」
 可愛らしいつくりの顔が、じりじりと迫ってくる。ほとんど身長の変わらない実井の整った睫毛も、くりくりとした瞳も、どうしようもないほど庇護欲を煽る。目が合ってしまった時点で自分の負けだなと、は観念した。せめて痛くない八つ当たりであればと、信じてもいない神に心の中で十字を切る。
「さあさん、目を閉じてくださいね」
 楽しそうな実井の声に、冷や汗を流しながらは目を瞑る。けれど次の瞬間に訪れたのは、頬に触れるふにりとした柔らかい感触。そして、チュッと鳴ったリップ音。驚愕して目を開いたの目の前で、悪戯っぽく笑った実井がグラスを揺らした。
「最近、流行っているらしいですね?」
 『悪戯好き』。なんと恐ろしいほどに実井に似合うカクテル言葉だろうかと、は嘆息するのだった。
 
170911
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